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No matter what

FITから不合格だろうと思われる通知が来た。TOEFLのスコアがやはり足りないとのこと。minimumの80pointsに達していないのだから、当然の結果であろう。仕方が無い。同時にCUNYにもapplyしているのだが、こちらは一向に返答が無い。銀行の口座からも手数料が引かれていないし、書類を無くされたのであろうか?しかし、ここに来て、私は今、やはり自分の実力が足りないのだということに納得している。無理矢理大学に行かなくとも、今やらなければならないことを着実にやっていくべきなのだろうと思っている。

私は中学・高校時代、英語の成績が常にトップに近く、周りの生徒や友人に比べてもそれは突出していて、"私=英語"という図式は誰もが知っているような状況だった。あまり勉強しなくとも、英語の成績が常に良く、それもあって英語は1番好きな教科だった。他の科目は酷い有様で、大学受験も1勝7敗に終わり、かろうじて受かった亜細亜大学は入試試験が英語と現国のみであったから合格できたようなもので、第1志望の青学や立教での夢の大学生活は無残に散っていった。亜細亜大学に入ると、私の英語力のレベルは山梨にいた時のそれとは比べ物にならず、私より数倍も頭の良い友人に囲まれ、一体私の高校生活は何が基準であったのだろうという疑問さえ湧いた。答えは簡単、偏差値50の学校にいたからなのだが。大学1年時の英会話クラスでもレベル10中、レベル5に振り分けられ、2年時に渡ったアメリカでの留学プログラムでも、1番上クラスのレベルに付いていけず、レベルを下げた。大学時代の友人は、勉強ができ頭が良く、私はどちらかといえば出来損ないの方に値していた。いつからかそれにも慣れ、もっとも、大学で一生懸命勉強することの方が格好悪いという、今考えれば何とももったいないステイタスがあったし、私の大学生活なんてものは、そのまま適当に過ごして、留年もして、知らないうちに卒業していたという有様だ。

私はそう考えると、根詰めて勉強したり、死に物狂いで勉強をした経験が今までに無い。今も死に物狂いで勉強しているのか、と聞かれれば、学校には行っているけれど・・・と答えに詰まる。TOEFLのスコアは受けるごとに上がっているけれど、月日とスコアが比例していない。かなりスロウペースだ。毎日夜中まで勉強している・・・わけでもなく、そしてこれのなんと難しいことか。結局今までやったことが無いものだから、どうやってモチベーションを高め、それを継続させていくのかさえもわかっていないのかもしれない。しかし一方で、どこか私は英語ができる、という高校時代の名残もあり、ちょっとやればできるだろう、というような余裕もどこかにあったりして。しょうもない。結局そんな私だから、当然時間もかかるのであろう。いつか真面目に死に物狂いで勉強する、という日が果たしてくるのだろうか・・・。それでもここまできたらあきらめることなんてできないし、これからもしばらくの間、同じことの繰り返しを続けていかなければならないのだ。
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by inBrooklyn | 2006-10-24 08:04 | talk to myself
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