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Ego

先日、久々に大勢のNY在住日本人と一緒にご飯を食べる機会があった。彼らはNY在住歴も長く、10年近い人が(or more)殆どだった。NYにいるover30の彼女らは、とにかく自我が強い。みんなそれぞれ、この異国の地で10年以上もsurviveしているのだから自我も強くなるであろう、商売をしている人なんかは特に強くそれを持たないことには、ここではやっていけない。しかし、同じ日本人として、時にそれは物凄くつまらない。自我が強ければ強いほど、他人の意見に耳を傾けるということができなくなっているので、私からすると彼女らとは一切会話という物が成り立たない。「他人の意見を聞く」という能力に欠けているだ。つまり一方的に私が話を聞くというスタイルになってしまい、何か私が言ったところでそれが彼女らのストライクゾーンから外れている意見ならば滅多切りにされるし、同じだったとしても常に彼女らが主導の会話になる。私が料理をしない、という話になり、ある女性が「あなたは男を不幸にするタイプよね」「料理って言うのはね・・・bla, bla, bla・・・。」と、何故か説教が始まった。彼女の1番いけ好かないところは、そういうセリフを旦那さんの目の前でいうあたり。しかも大勢の前で語ってしまうあたり。私は性格が悪いので「あははー。そうですかねー。すみませーん。」と鍛えられた営業スマイルで対応する。「でたー!!!自分が良い女だということをアピールしながらの他人への説教!!!」などと思いながら。お前が何ぼのもんじゃい?誰かが「彼女、若い頃もの凄く綺麗で、ナイスバディで・・・」と言っており、ふむ、確かに語りにその名残が残ってしまっている。しかし、残念ながらとっくにお前の時代は終わっている。お前は今はただのおばさんだ。そして、そういう女性同士の会話は私とのそれより更に成り立っていない。お互い相手の何も受け入れずに、ただの交代制・自己主張のスピーチの場となっている。それは会話ではない。そしてそのことに誰も気付かぬまま、スピーチだけは延々と続いていくのだ。

私は多分、年上の女性が苦手だ。自分より年上で友人と呼べる人も考えてみると2~3人しかいない。彼女達は年上と言っても悟った語りはしないし、同じ目線で常に物事を捉えてくれる。同じことに感動してくれるし、一緒に泣いたり笑ったり、年が離れていることを忘れてしまうほど。一方で彼女達から学べることは沢山あり、何かあって相談すると、的確な答えをくれる。いつも大きな広い心で私を受け入れてくれる。私も彼女達のように歳を重ねていきたい。このNY在住のstrong womenを見る度に、こういう風にだけはならないように、と心に誓う。実際、年下の友人同士の中で私がどう捉えられているのかは彼女たちの知るところのみ、なのだが笑。
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by inBrooklyn | 2006-10-25 09:39 | talk to myself
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