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Real Conversation

Baruch Collegeで行なわれたExploring Opportunities Abroadに参加する。海外インターンシップの説明会で、各団体が提供するプログラムの説明と応答質問などのセッションだった。アメリカではこういったボランティア活動が一個人の有り方として高く評価されている。セレブなんかがこぞって「~基金」などを設立しているのもまさにこの風潮を表しているといえる。基本、アメリカ人に向けての説明会なので、グローバルなものの考え方、文化の違いを理解する、それらがよりあなたをグローバルな人間に成長させます等のフレーズが各団体の代表者の発言に必ずあったのだが、隣ではanthonyが、「おまえはもうそんなのとっくに経験している、ってことだな」と呟いていた。確かに。

今日、「俺と話をする時に、まず日本語で考えてから英語にしているのか、それとも英語のままか」と聞かれ、「え?どっちなんだろう?わからない」、と答えたということは、多分8割方英語で考えているということだろう。なぜなら先に日本語で考えていればもっとそのことに対して自覚があるからだ。自覚があった、と言うべきか。最近ちょっとした喧嘩が多くて、そうなるとanthonyの言っていることがわかりづらくなる、きっとお互い思いやりにかけて彼は話すのが早くなっているし、私もモゴモゴしだすし、いいことない、面倒くさくなるばかりだと思っていたのだが、どうやら喧嘩どうこうは置いておいて、彼はわざと自分の話すテンポを早くしていたらしい。私が気付かない具合で敢えてそうしていって、知らないうちにnativeのペースに私が辿り着く、ということを企んでいてくれたらしく、それを私は喧嘩が原因だと思っていたのだが。

それでも対アメリカ人となればどうあがいてもvocabularyの足りない私には不利なことが沢山ある。単語1つとっても使い方によっては相手が怒ったり嫌な気分になったりして、最近はまた学校とは違った英語の壁が立ちはだかっている。例えば、「喧嘩」。喧嘩といっても小さいのもあれば物凄いのもあって、でもそれを一緒くたにして「喧嘩」と言っても日本語では何の語弊も無い。それを喧嘩=fightという単語で使うと、fightなんかしてないだろ、と。something issueがあって話し合っただけだ、と。あるいは、友達のことを「あいつホントにバカでさ~笑」と言うのに、バカ=stupidという単語を使ったら、「何てことを言うんだ、彼はお前の大事な友達だろ!2度とstupidって言う言葉は使うな」、とか。移民同士で簡単な言葉だけを使いあっていた頃とは何もかもが違って、まさにリアル・英会話。最近は喧嘩すると、それがもうネックとなって話があっちこっちに飛びまくりで英語が「しんどい」以外の何物でもなくなって、得意の逆ギレに走りがち。「おめーはいちいち私の使う単語に反応するんじゃねーよ、大体私は簡単な単語しか知らないんだよ、それでもそれらを使っておめーに説明しよーとしてんじゃねーか。それをおめーはいちいちチクチク揚げ足取りやがって。大体英語で話すこと自体フェアじゃねー。」、と。しかし、anthony君はとても大人。そしていちいち言うことが正しい。だからさらに逆ギレするしかないお子ちゃまの私。
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by inBrooklyn | 2007-05-15 12:37 | life
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