カテゴリ:talk to myself( 23 )

After Summer

来週からもうSpringが始まるけれど、Springが終わったらインターンを始めなければならない。インターン終了と同時にもう卒業。そうしたらOPTを使って1年間就職。そう考えたら不安になってきた。相変わらず、私にはこれといってやりたいことが無い。ビジネスに興味があって専攻しているけれど、かと言って自分でビジネスを始めたいわけでもなければ、特に就きたい職種なんてものも無い。日系の職場で働くことには不安も何も無いが、現地の職場で、ということになれば語学力でやはり不安がいっぱいだ。両親からは大学院を勧められているが、大学院に入るとなるとまたTOEFLやGMATとの戦い。簡単に入れるものではない。今年は33歳。結婚は?ベイビーは?って考えると相変わらずわけがわからなくなってくる・・・。1年前は初めての大学の授業にヒーヒー言ってたのに、今ではもうさくっと"A"を取っている自分がいる。成長と慣れって、本当に凄い。

anthonyくんは本命の仕事が決まった。何度も何度も打ち落とされたのに、あきらめず本当に良く頑張った。確実に今後のキャリアアップに繋がるし、このことでとにかく彼自身が自信を取り戻した。そしてhappierになっていってくれればいい。NYは9.11以来の不況と言われていて、色んなところで解雇や、労働時間半減、と言った話を聞く。アメリカ人で、そんな感じなのに、私の就職先なんてあるのかしら?働くのは大好きだからどこでもいいっちゃあ、どこでもいいのだけれど。
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by inBrooklyn | 2008-02-28 02:11 | talk to myself

It's already February...

ワーオ。もう2月だ。この間winterが始まったばっかだというのに、もうmidtermも終わって、あとはpresentationとfinalを残すのみ。今回履修している授業はわかりやすいと言うか、一応経験のあるmarketingやmanagementだからとでも言うか、ほんの少し勉強しただけで、そんな感じでmidtermを受けて、しかも初のessay形式だったというのに、結果95点で、何となく自分自身納得がいかないというか。簡単すぎるのか、私のレベルが高いのか、よくわからない。何となく時間を無駄にしている気がしないでもないし、でも授業が英語でだから、本当のところがどうなんだか迷宮入り・・・。

さて、apartmentの契約も無事終了し、来週から徐々に引越し開始。私はこれで人生で3度目の同棲となるわけで、できればこれが最後でありますようにと願いながらも、さてどうなることやら笑。今回選んだ場所はBrooklynのClinton Hill/Fort Greeneというエリアで、今住んでいる場所より、人種はmore mixed、そして街の雰囲気もアート大学が近くにあるだけあって可愛らしいし、開発中のエリアなので、今後も期待できそうな感じだ。そして月1ペースで行くクラブがなんと徒歩圏内!レストランやカフェやバーも充実しているし、引越後の生活がまた少し今とは違ったものになりそうで、とても楽しみだ。日本で言う、1LDKに値する間取りだが、日本のそれとは比べ物にならないほど広い!そしてgood deal!Manhattan直通の地下鉄が走っていないことだけがマイナスだけど、それくらいは我慢しよう・・・(←ホント?それが後々ネックになりそう・・・)。まあ、第1段ということで、マル。
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by inBrooklyn | 2008-02-01 21:45 | talk to myself

New Year 2008.

新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。


2008年。私は偶数が嫌いだ。なので2008という数字も何となく嫌い。アメリカに来てからお正月をゆっくり過ごす、ということが無くなったが(学校が2日や3日からもう始まるので)、よくよく考えてみれば、日本にいた時も新年から初売りに追われてゆっくり過ごす事なんて無かった。それでも年末恒例のテレビ番組や紅白後のNHK「ゆく年くる年」なんかで年明けを体感し、元旦には初詣、という日本の伝統的な新年の迎え方はやっぱりとても神秘的で素敵なものなのではないだろうか。元旦にはお参りをしに行って、弓矢や御守りを買って、甘酒でも飲まないと、なんだかしっくりこない。一応元旦早々お雑煮を作って数の子なんかも食べてみたけれど、やはりなんら日常と大して変わらない日々。お参りして新年の祈願をしないと、なんだか気持ちが新鮮になりきらないのである。そんな感じのまま、anthonyくんは昨日からもう仕事に行っているし、私の学校も今日から始まった。

日本では今頃初売りセールや初詣なんかで街も賑わっていることだろう。ここNYは一気に街がスロウになり、色んなお店がセールをやっていると言えども、やはりholiday前の人混みに比べると本当に静かなもので、と同時にbig holidayが終わったことを感じて、どこか寂しい風景なのである。ウィンドウの飾りつけは新年を祝うものよりも、早くももうValentine’s dayに向けているものが多い。それでも日本のスーパーやレストランに行けば、門松らしきものが飾ってあったり、お正月独特の音楽(あれ、何というのだろう?三味線?)も流れているが。

と言っても、そんな私の新年祈願は何かというと、特に無かったりする。まあ、引越しをして、落ち着きたいとでも言っておこう。私はこのアパートではまだ仮住まいのような感じで暮らしているので、物がいいかげん溢れかえってきてしまっている。棚1つ買うにしても、「引越してからにしよう」と思っていたので、ダンボールの山が増える一方。独り暮らしを始めてから、落ち着いて1つのところに2年以上留まったことの無い私なのだが、そろそろ「家」というものに落ち着きたい気もする。それは結婚とかそういうものではなくて、本腰入れてアメリカで暮らしていこうという気持ちが大きくなってきたのかもしれない。さて、どうなる2008年。
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by inBrooklyn | 2008-01-03 19:35 | talk to myself

My Granpa.

先日母からのメールで、祖母がとうとうケアハウスにいられなくなるということだった。どうやら内科の検診を5月から受けていなかったらしく、降圧剤を飲むのをやめてしまい、手足が動かなくなってトイレが間に合わなくなっていたとのこと。それを隣の部屋に住む祖父がケアしていたという事態。加えてボケも悪化していたので、基本、健康な老人しか受け付けないそのケアハウスに関しては、もう随分前からカウントダウンが始まっていた。祖父は何も問題が無いのでそのままそこに残り、祖母はもっと管理の行き届いた病院併設のケアハウスに移ることになる。さて、彼らは90歳にして初めて別々の場所で暮らすことになるのである。

そうは言っても祖父母はラブラブな祖父母でもなく、お互いにどこか距離を保っているのが孫から見てもわかるような、どこか自立した2人であった。2人共長いこと教職に就いていたし、その年金がそれぞれの収入にあり、持ち家もあったし、お金に困っていることは一切無かった。戦後の中での見合い結婚であるから、私には想像できない世界であるが、それでも1人1人が何歳になっても凛として立っている感じが私はとても好きだった。祖母の信仰する宗教の関係で手術を拒んだ彼女が足を不自由にし、生活がとても不便になりケアハウスに入居することを決めたのはもう7年前くらいであろうか。すこぶる健康だった祖父も、何も言わずに覚悟を決めて祖母と共にそのケアハウスに入居することに同意した。と言っても1人1部屋ずつ、隣同士で暮らし、ご飯は一緒に食べ、他の時間は自分の趣味に費やすという意味では以前と変わりないスタイルであった。祖母は私が物心ついた時から既にその宗教に没頭していたし、祖父は映画と本、そして最新電化製品を愛してやまず、英語を勉強し続け、夏は登山、冬はスキーに夢中であった。祖父は祖母の宗教に一切関わらなかったし、祖母は祖父について登山やスキーをするわけでもなかった。そんな2人は、とにかくご飯だけを一緒に、朝・昼・晩と、とにかくご飯を一緒に食べていた。2人だけの時にどんな会話がなされていたのかは、もちろん知らないけれど、私はその、ご飯を一緒に食べるという行為に、とても意味があるような気がしていた。

ボケが進んでいる祖母のことはあまり心配していない。それよりも、健康で、長い間祖母の面倒を見てきた祖父のことが心配だ。これからご飯を1人で食べるのか。ケアハウスの中には祖父のファンクラブもあるというくらいだから、祖母がいなくなっても一緒にご飯を食べるガールフレンドがいるといい。最近、祖父のことがとても気になる。アメリカで産まれ、この地で15歳まで過ごした祖父は、90歳の今も英語でハリーポッターを読んでいる。家族の誰1人として興味が無いアメリカに私が今こうして渡っているということが、どこかで何かが祖父と私の間で繋がっているような気がしてならない。そういうのを一切信じない私なのだけれど。
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by inBrooklyn | 2007-11-30 00:01 | talk to myself

JPN or the U.S.?

時差ボケと1週間近く戦い、これが今回はかなりきつかった。なんといっても学校が始まってしまったので、宿題の山を片付ける時間に猛烈な睡魔が襲ってくるのである。対抗しきれず20時・21時過ぎに「チン」と落ちる。叩かれようが引っ張られようが効きやしない。夜中1時・2時にいったん目覚めるのだが、そこからまた落ちて、無意味に早朝6時起床してしまい、この繰り返し。頭のどこかに常に宿題が・・・とあって、眠りも半端だったので更に悪化。キツイ1週間だった。

Milaが旦那のJoseと一緒に無事にスペインからNYへ戻ってきた。今回私は友人と一緒にNY入りしたのだが、彼女の学生ビザの経歴が移民局ミスによりトラブル続きで、やっぱり入国の際に別室に連れて行かれて前の学校はどうしたのか諸々等聞かれていた。パスポートも学生ビザもリニューアル済みで、大使館でもそのミス記録を修正しておくと言われたのに。Joseは今回パスポートをリニューアルしたとは言え、5月にNYを出たときには6年にも及んで不法滞在の身だった。しかし今回は何事も無くスルーで入国。6年前には指紋採取も無く、テロ前で入国がもっとeasyだったからだとか、観光で入ってきてビザ等何も履歴を残すものが無かったからだとか、色々可能性はあるけれど、とにかくよく無事に戻ってきた笑。スペインに戻っている間、このままスペインで暮らしていく等色々考えたらしいのだが、やっぱりもう少しだけお金を稼がなければならないという結論に達したそう。Milaはアメリカ嫌いなのでとても不満そうだったけれど、私は嬉しい。親友が1人でも多くいる、というのは本当に心強い。プラス友人のcome backもあり、私のNYは少しだけ心地良いものに変わった。

今回私は母親に「もう日本に帰ってくる気はないのだろう」と諭され、anthonyとの結婚にまで話が及んで、正直気後れしてしまった。実家のトランクルームにある大量の衣装ケースも処理してほしいとのことで、私は今回船便でもダンボールを送ったし、スーツケースとは別でも大きなダンボールを持って帰ってきた。中身は独り暮らしグッズや、写真やアルバム、おもちゃなど、どうでもいいといえばどうでもいいものばかりだったのだが、「捨てるか持って行くかどっちかにして」と言われ、仕方無しにアメリカに送ったような感じだ。やっと子離れができた、というよりはむしろ両親は老後に向かっている、と言ったほうがいいのかもしれない。自分達に何かが起こったとしても、そのことで私が本帰国する必要は無い、少しでもおかしくなってきたら2人とも老人ホームに入る、年に1回とかたまには顔を見せに来て欲しいけれど、介護をする必要は一切無い、と言っていた。

さて、私はたった2年アメリカに暮らしたというだけで、一生この地で暮らしていくのか、そうなるかもしれないという想いはあっても、腹決めてアメリカで一生やっていきます、という意気込みがあるわけでもなく、未だ中途半端なのである。それは学生だからということももちろん、その前に私はアメリカにとって学生ビザで入国している一時滞在の身。SSC(Social Security Number)も無いし、それが無いことにはアメリカで「イチ・人」として生きていくことはとても難しい。逆に言えば、ありがたいことに私にはまだ選択の余地があって、だからこそこんなフラフラした気持ちでいられるのだが。とにかく今は大学に通って、自分がアメリカ社会にどう馴染んでいけるのかを検証していきたし、プラス卒業する時にはアメリカではもちろん、日本でも職につける状態に自分を持っていきたい。・・・とまあ、今はこんな感じでしか自分のことはわからない(だって大学も春に入学したばっかりだし(- -))。Let's see what's gonna happen・・・.
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by inBrooklyn | 2007-09-19 01:13 | talk to myself

Souvenior

日本にはアメリカのものなら何でもあるので、お土産となると難しい。日本にもあるけど圧倒的にアメリカの方が安い物とか、そういう物しか探し出せない。何よりいちばん難しいのが祖母のお土産。今彼女たちがどんな生活しているのかわからないし、こんなの使うのかな~とか、何が嬉しいのかとか、全然わからない。逆に私の祖父はアメリカ産まれの英語教師という経歴を持つかなりモダン爺さんなので、本屋へ行って色々面白そうな文房具を探して、その説明書が英語であっても何の心配も要らない。毎回思うけど、お土産ほどお金がかかって面倒くさいものってない。それで、金額はめちゃくちゃいくくせに、広げるとたいした物がなかったりして。1個にすると凄く貧相に見えたり。

日本のことにだんだんうとくなってきてしまった。この間久々にバイト先でメンノンに載っている最新キムタクをみて感動してうなった。毎回思うけれど、なんだかとても不思議。1年以上離れていたことなんてすぐに忘れて、普通に日本にいるんだろうな~。いつもの感じで。電車に乗って。今回は特にこれといって日本でしたいことも無い。温泉くらいか。成田空港から実家は遠くて嫌だな~。それに実家は私の部屋ってのが無いしな~(- -)。
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by inBrooklyn | 2007-08-21 13:13 | talk to myself

somnambulism

友人に頼まれたanya hindmarchのエコバック、"I'm not a plastic bag."がNew YorkのWHOLE FOODSで限定発売されるというので学校帰りに寄ると、とっくに売り切れたらしく、入り口に"売り切れ"の貼紙があった。そういえばWHOLE FOODSは朝8時から営業していたっけ。New Yorkerはそんながめつくないだろうと思っていたのに甘かった!大人気。なんだか疲れがピークに達していたのでそのままネイルサロンに行ったついでに肩のマッサージをしてもらった。マニキュア$7のマッサージ$10/10min.で、tipを入れても$20で疲れも取れて爪も綺麗になるのだから素晴らしい。日本は何でもかんでも高すぎ!!!私はここ最近、夜中に暴れてエルボやキックをくらわせていたらしい。突然夜中に大声で"Excuse me!!!"と言って腕をつかまれることに何事かと無性に腹が立っていたのだが、原因は私だったのか。危ない・・・。疲れがピークだという証拠。っていうか、今までそんな夢遊病っぽい症状があるなんて言われたこと無いのだが、多々あったのか・・・???マッサージのおかげで昨日は静かに寝ていたらしいけれど。それでもその私の危ない暴れ具合のおかげでさすがのanthonyも私に休息を与えようと、静かにしていてくれた。と言ってもesseyのdueだったのでそんな状態でもPCに向かってessayを仕上げなければならなかったのだが。まあ、私の長所は立ち直りが早いことだ。またゼロからのスタートだと思って英語と向き合っていこう。

Manhattanのスチームパイプ爆発事故、沢山の人から心配メールを頂きました。私は無事に家に帰っており、"Baby!!!Look at this!!!"と言われてテレビの中継に釘付けになっていました。スチームパイプに雨が溜まって冷却されて今回の爆発に至ったそうですが、この日の朝は豪雨でした。とは言え老朽化が激しいNew Yorkではこの20年の間に12件もスチームパイプが爆発しているそう。「これ、もうやばいんじゃないの?」って思う建物や地下鉄の駅や、そんなのがあっちこっちにある恐ろいNew York。やっぱり一生住むところじゃない。いったい次は何が起こるのか・・・。ニュースでは何度も何度もテロではないことを伝えていました。New Yorkerには9.11の恐怖が蘇ったそうです。
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by inBrooklyn | 2007-07-20 06:23 | talk to myself

Take a while

最近は喧嘩が多いなーと思う。アパート探しを一緒にしているから尚更喧嘩のネタが増える。anthonyは思ったことを何でも口にするし、気分のアップダウンが激しいのでそれに振り回されているような気がして時々どっと疲れが出る。そんな時に喧嘩になると、私の英語力不足から決まって誤解が生まれて喧嘩の内容もわけのわからない方向にいったりでさらにはちゃめちゃ。それでもanthonyはあきらめずに理解しあえるまで頑張って話そう、理解しようとしてくれる。面倒くさくないのかなーと思う。私の方がそういうことに対する努力が足りないという。その通り、だって私は面倒くさい感じになったらあきらめるのが癖になっているから。私は日本人だからか、これが私なのか、やっぱり何か物を言う時は相手のことを尊重した言い方をするし、遠まわしの表現をする。それでも日本にいる時ははっきり物事を言う方で、職場なんかではかなり顰蹙を買っていたけれど、そんな私が「表現が足りない」と言われるのだから、やっぱりアメリカ人はどんだけ?って感じがするけれど。友人の彼氏もアメリカ人で、こういう色々な文化や表現の違いに慣れるまでに1年かかったと言っていた。彼女は私にとても似ていて、どちらかと言えば男気強い女性なのだが、その彼女でもやっぱりそんな感じなのか。

昨日anthonyの仕事帰りに彼の職場の同僚と3人で1杯飲みに行った。その同僚の女の子はとてもいい人でいつも私がわかるように職場や今話している内容を説明してくれたりするのだけれど、それでもbarでかかっている音楽がうるさくて何言っているのかいまいちわからないし、特に何か面白いことを言って笑う時なんて、全くわからないのに私も笑ってみたりして、こういう時は「あ~あ、わかんね~や」って、孤独感を感じる。まあ、いいのだけれど。そんな風に同僚とネイティブのテンポで話しながら笑っているanthonyを見ると、「何で私と一緒にいるのかな~?私とはこんな風に話せないのにな~」と疑問がわいたりもする。それでもネットか何かで調べたらしく、「努力」と「笑顔」と「チャレンジ」と「ありがとう」を日本語で覚えて披露してくれた。「イガオ~」と言うので何のことを言っているのか全くわからなかったけれど。まあ、ゆっくり時間をかけて、お互いのことを学んでいこう。
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by inBrooklyn | 2007-07-18 12:25 | talk to myself

32nd years old

32歳。信じられない。完全におばさんだ。まさか自分が32歳で学生をしているとは、独身だとは・・・。昔から結婚に対する憧れがそこまで強く無かったし、同い年の中でも多分1番最後に結婚するのではないかという気持ちはあったのだが、それが現実になっている。それどころかおばさんの私は未だに浮き足立って恋愛を楽しんだりなんかしている。しかし、それでよい。学生でよいし、恋人がいてよい。私は自分の人生が、今まで過ごしてきた全ての日々が、酸いも甘いも含めて、愛おしい。

日本からアメリカから、沢山のお誕生日おめでとうメッセージ、本当にありがとう。もうすぐで2年近くが経とうとしているここNYでの私が元気で常に励まされるのはみんな以外の何者でもありません。みんなに出会えたことを本当に誇りに思っています。いつもいつも、本当にありがとう。Love ya all!!!
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by inBrooklyn | 2007-04-19 22:56 | talk to myself

Speak out ②

LaGuardiaに通い始めてまだ2週間だが、将来の選択について、自分の目指すゴールが一体どこにあるのかがいまいちわからなくなってきた。ここ1年近く、目標をFITに見据えて頑張ってきたのだが、卒業後の仕事として考え始めると、ビジネス経営を学んでいくべきなのではないか、という思いが出てきたのである。FITはFashionだけに限られてしまうが、ビジネス経営は仕事の幅がもっと広がる。逆に言えば、ビジネス経営を学び終わってもFashionへの道は閉ざされない。・・・と色々思いを巡らせるようになったのに加えて、親の援助の下にこの学生生活が成り立っていること、諸々色んなことを含めて、もっと確実な将来設計をしなければいけないのではないかという焦りが出てきた。今月で兄がとうとう長かった学生生活に終止符を打つらしく、なんと大学院を首席で卒業という快挙を成し遂げたらしい。親も援助した甲斐があるというものだ(それにしても一体彼は何年間大学院生活を送っていたのだろう?)。私はこれだけ援助をしてもらって、兄のような結果を果たして出せるのだろうか。そして私はその結果を仕事に必ず結び付けたい。目先の目標ではなく、"仕事に就く"という、NYに来た頃には想像もできなかった大学卒業後の目標設定を考え始めるようになったのだ。そうなると今後の進路をもっと慎重に考えなければならない。FITなのか?ビジネス大学なのか?あと何年この学生生活を続けるのか?いつまでNYにいるのか?仕事はアメリカでみつけたいのか?日本にはいつ帰るのか?結婚は?妊娠は?

考え出すと問題が山積みで、白髪が増える一方だ。先日父とNYで再会した時に、「まあ、好きなことをやっていきなさい」というありがたすぎる言葉を頂いたが、かと言って30過ぎの私が、その言葉にいつまでも甘え続ける、というわけにもいかず、そろそろせめて期間だけでも決めなくては。私はNYに行く、と決めた時には半年ほどで帰国する予定だった。それでも多くの友人に「そんなこと言って4年くらい行ってそう」「そのまま帰って来なさそう」などと言われ、実際今の私はいつ日本に帰国するのかどころか、どうなっていくのかさえわからない状態だ。日本にいた頃に比べると、ここではそれなりに毎日を一生懸命生きているとは思うが、そろそろ最終ゴールを定めていかないと、とヒシと感じるようになってきた。なぜなら、あまりにも早く時が経ってしまい、気付けば32歳まで1ヶ月を切ってしまったからなのである。32歳って・・・。早い。早すぎる。
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by inBrooklyn | 2007-03-20 16:37 | talk to myself