カテゴリ:soulmates( 19 )

a new family.

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his new sister in Brooklyn!!!




January 13th, 2008
@38th Street, New York
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by inBrooklyn | 2008-01-13 21:29 | soulmates

A Happy New Year

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May this year bring you bright hopes
for all that is yet to be.


A Happy New Year!
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by inBrooklyn | 2008-01-01 21:00 | soulmates

My Christmas in the United States.

f0080357_863231.jpgMissouri州&Kansas州Kansas CityへChristmas旅行へ。anthonyの家族と一緒にクリスマスを過ごし、hasanのロフトに泊まらせてもらい、それはそれはアメリカンな、とても素敵な楽しい時間を過ごすことができた。みんなクリスマス以外は普通に仕事だったので、私たちはmalikと、anthonyの妹のboys、Kahri(8)とSalomon(4)(このboys、みんな神の名を授かっている)の5人でとても多くの時間を過ごした。みんなみんな、とてもいい人たちで、アジア人の私をすんなりと受け入れてくれた。私も何とかみんなと会話することができたし、リラックスして楽しむことができた。

帰りはU-haulという引越し用のトラックを借り、storageに長い間眠っていたanthonyの家具一式と荷物を詰め込み、7州またぎの正に24時間ドライブ。Missouri州、Illinois州、Indiana州、Ohio州、West Verginia州、Pennsylvania州、New Jersey州、そしてNew York州に着いた時には一種の感動と、ここが今は私のhometownなのだという安堵感と、そしてやはりNew Yorkがどれだけ大きい都市なのかということを体感して、改めて私はここでがんばっていこうという気になったのである。この長距離ドライブ、多分日本だと別の免許が必要なのでは?というくらい大きいトラックをanthonyくんは約20時間運転し、私は1時間で断念(だってでかすぎ・・・)。お疲れ様。今はNew Year's Eveに向けて、まったりspecial dinnerを作っている最中である。

結局2007年をゆっくり振り返ることも無く、想像通り慌しく師走を過ごして、あっという間に大晦日である。でも振り返る必要も無い。一言、2007年はとてもいい1年だった。沢山の人と出会った。そして私は常に今と、その先を見ていたい。

今年も本当にみんなにはお世話になりました。もう日本を離れて随分経つけれど、どんな時も、みんなが私の支えです。いつも励まし、応援し、遠くから私のことを見守っていてくれて、どうもありがとう。ありがとう。
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by inBrooklyn | 2007-12-31 18:10 | soulmates

Marriage Ceremony

私は僭越ながら入籍する友人のwitnessに選ばれ、先日彼らの入籍手続きに同伴してきた。NYでは入籍をするのにまずはmarriage lisenceを取り、lisenceを取った24時間後からceremonyを受けれるという仕組みになっている。私がwitnessとして同伴するのはこのceremonyで、なんてことは無い、市役所の中にある小さなチャペルで形ばかりのceremonyに参加し、書類のwitnessの欄にサインをするだけ。朝いちで行ったにもかかわらず20組以上のカップルがいて、市役所のstaffは流れ作業とでも言わんばかりのアメリカ人らしい、失礼極まりない対応。神父に至ってもそうで、早口の英語でマニュアルどおりの言葉をいい、congratulationが全然「おめでとうございます」に聞こえない始末。ceremonyの間中「?」マークが頭の上に出っ放しの新郎・新婦・そして私なのであった。そんな時こそanthonyくん。さすがはNYということで、「?」マークを乗せた移民たちがうじゃうじゃ溢れている中、何故か彼らのお手伝いまで快く引き受け、知らないうちに他人のwitnessにもなっていた。何と素晴らしい彼氏!

それにしても友人の結婚式は何度出ても良いものだ。前日私は緊張してよく眠れなかったくらい。頑張ってここNYで、2人手を取り合って協力して「家族」を作っていって欲しい。不思議なもので20代の頃には多少なりとも複雑な気持ちや焦りもあったりしたのだが、今に至ってはそういうものが全く無くなった。今回は私より9歳も年下の友人の結婚であったが、そんなのも関係なく、middle ageの私とanthonyくんで2人の門出に参加できたことをとても嬉しく光栄に思っているのである。
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by inBrooklyn | 2007-12-12 13:54 | soulmates

Fall from JPN - Inkou

f0080357_20475458.jpg日本から秋の香りが届いた。印香という秋のプリントが施された小さな可愛らしいお香のセット。開けると何とも懐かしい香りが部屋中に。メールが主流となっている今の時代、郵便物で届く手紙や小包は本当に嬉しく、差出人は誰だろう?と封筒の裏を見る時や、封を開ける時など、あの独特のドキドキした感じはいつまで経っても変わらない。こんな素敵なギフトはやっぱり彼女からだった。いつもいつも、どうもありがとうございます!

同封されていた手紙を読んで、反省。そうですね、次回はさっちゃんたちに会わなきゃ!何か、いかん。せっかく日本に帰ったと言うのに、「忙しい」ばかりを連発して、「早く向こうに戻りたい」なんて言って。こういうの、待ってくれている人たちに対して、とても失礼だった。ニューヨーカーを気取りで、いかん。もうこっちへ来て2年以上経って、今では友人とやりとりするメールの数も本当に減ったけれど、前回の帰国で、やっぱメールとかじゃなくて、会わなきゃいかんな、と。メールなんてしていなくても、会えばいいのだと。やっぱり今では学生の頃のように、毎日友人と一緒に過ごすということは無くて、みんな個々でそれぞれの生活があって、それは仕事・家庭・ベイビーと様々だけれど、その忙しい中で彼らが私と会う時間を作ってくれている。そういうこと、忘れちゃいかん。自分だけが時間を作ってあげている、という傲慢な考えがあったと思う。また1つ、反省。

ともたん、こんな素敵な秋のプレゼント、本当にどうもありがとう!それでそれで、写真を見ればわかると思いましが、1番のお気に入りうさちゃんが割れていたのれし・・・。しょぼーん。
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by inBrooklyn | 2007-10-30 21:28 | soulmates

Hey, you haven't changed at all.

今でこそ、沢山の友人が結婚したりママになったり、そういうのばかりだけれど、私にとって初めてのベイビーはやっぱり彼女であって、その時の感動は今でもずっと残っている。友人の子供なのにこんなに可愛いと思えるものなのか?というくらい愛おしいし、girls達とは遠く離れていても、これからもずっと仲良くしていきたい。今でこそ立派な3児の母になろうとしている彼女だが、私は何故か、彼女から「母親」的なものをあまり感じない。大学時代の彼女はとにかく可愛くて、スタイル抜群で、性格もあっさりとしていた。そしてもちろん彼氏の前ではとことん女になって可愛くなれる、そんなメスネコのような彼女からは沢山の人生哲学を学んだ。「女友達とは、彼氏がいない時に成り立つもの」「彼氏と別れた時の女友達」というのは、私の大好きな彼女の哲学。そんなことをあっさりと言えてしまう彼女。しかし紛れも無い事実。上辺だけになりがちな「女友達」というカテゴリーをこんな風にばっさり言い切ってしまうところに、むしろ彼女の愛を感じていたのである。だって、なんとらくちんな女友達!!!そして母親になってからも、その「らくちん」な部分が全く変わっていない。どれだけ久し振りであっても、適当~な感じで迎えてくれて、私も適当~にしていられるのである。そこに愛するベビが、旦那が、誰がいようとも。

彼女のアメリカ生活が7年目ということは、遠距離になってからも7年目。まずは変わらぬ友情に感謝である。そして彼女はアメリカに関しても結婚・ママに関しても、頼もしい私のアドバイザー。私は彼女の存在によって、結婚や出産に何の不安も無い。仮に私にシングルマザーになる日があったとしても、L.A.に飛べばいいとまで思っている。私の未来のベビも彼女の4人目の本当の子供のようにして扱ってくれることだろうと信じきっている。

きっと変わらないと思うのは、彼女が昔から私の「ママ」であったこと(彼女のベビたちに向けられる愛は、若かりし頃、私達に向けられていた物と同じなのである、つまり彼女には既に私というでかい子供が!)、そして私はお酒を飲まないので、私たちの間にはお酒を飲んでどうこう、ということが無かったこと(彼女は酒豪でどうしようもない酔っ払いだった、でも私はそんな彼女を知らないから問題無し)。じゃああの頃は何をしていたかって、そう考えると実は、特に何もしていない。まずは趣味も違ったし、一緒にいて喋らない時もあったし、girl's talkに夢中になっていた時もあったし、でも基本、適当~に過ごしていたのである。そう、「適当」。突然夜中に思い立って「温泉に行きたい」と彼女に電話しても、「じゃあ適当に迎えに来て~」と、朝の5時だろうがなんだろうが気にしない。でも、適当でいられる、って本当に心地良い。そこには深い愛情があるから。
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by inBrooklyn | 2007-10-23 14:23 | soulmates

My sweet 55DSL brothers!

f0080357_1523359.jpg1999年8月にオープンした当時世界で初めての55DSLオンリーショップ、FIFTYFIVE SLIDWEARが先月末にとうとうクローズ。8年も頑張ったのか、あの店は。理由は色々あるらしいけれど、まとめて老朽化、ということで。それもそうだ。原宿・神宮前の一等地で破格値の家賃で、それでも私がいた当初からトラックが店の前を通るだけで建物が震度4くらいゆれていた。地震が相次ぐたびに3階で休憩しているスタッフが悲鳴を上げていたっけ。私はDIESELでアルバイトを始めて1年半くらいでこのお店への異動が決まった。当時の55DSLと言えば、メンズのTシャツやパーカーが10種類くらい、レディースに至ってはチビTが2,3種類といった感じだった。サーファーの店長と副店長、でも夜のクラブのイメージも欲しい?とかで当時ダンサーだった私が選ばれて、しがない千駄ヶ谷のひっそりとしたお店へ異動してオンリーショップをオープンさせたものの、月の売り上げは100万いくかいかないかで、毎日雑誌を読みながら、レジカウンターの中で座って堂々とタバコを吸っていたことが本当に懐かしい。結局こんな暇な店で働いてらんねー!と2人は異動2ヶ月で辞め、専務の「おまえ、この店しきってくか?」というたった一言で、いきなり社員にもなっていなかった私が店長になったのである。

それからの日々は、仕事の楽しさ、店の楽しさ、販売の楽しさ、店長の楽しさ、成長するということ、売り上げを上げるということ、自分の思い描くお店を作れるということ、そういう色々な路面店の醍醐味というものを、1人になった私の元にやってきたともまん、そして色んなスタッフと共に存分に味わった。それからあの店にいたからこそ、知り合えた人・仲良くなれた人が沢山いる。2002年には裏原に55DSL TOKYOをオープンさせるまでに達したのだが、そんなことより私はあの小さな暖かい店が、本当に大好きだった。当時の戦友たちは、今ではsoulmateだ。ともまん、やんくん、jommyは今でも私の愛する55DSLで働き続けている。みんなもう立派な古株だ。jommyがお別れの写真を送ってきてくれた。ともまんと一緒にお別れを言いに行ったらしい。この写真からもみんながどれだけこのお店が好きだったかが伝わってくる。そしてあの場所からみんな巣立っていったんだと思うと、私もやっぱりこれからももっともっと頑張っていかなければ!と思う。あの場所は、今の私がある原点だ。沢山の新しいことに触れ合っていく中で、本当に色んなことを忘れていってしまうけれど、あの4人で働いていたことはいつまで経っても本当にいい思い出で、きっとこの先も忘れることは無いだろう。と言えるくらい、充実していた時間だったのである。あの原宿から千駄ヶ谷へ抜ける道を毎日のように歩いていたことが、今でもまるで昨日のことのように思える。

ともまん、やんくん、jommy、そして和田ちゃん。これからもよろしく。ホント、FOREVER SLIDEWEAR!だね、jommy。ありがとう。
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by inBrooklyn | 2007-10-07 15:01 | soulmates

What I think about,

2週間のvacationはあっという間に過ぎて、今日からSummer Semesterが始まった。私はこの短い2週間で色んなことを経験し、体感し、色んなことを考えた。NY生活まる2年を目の前にして、とてもいい機会だったと思う。

そんな時期に心友とも再会して、本当の意味でのリラックスもできた。私はやっぱり心友が恋しい。もっともっとここで感じる日々の色んな出来事を、友人とシェアしたい。そう思うとなんだかとてももったいない事をしているような気もするが、かと言ってそれだけで日本に帰ろうとも思わない。私はNYに行くと決めた時点で既にストイックに生きる道を選んだのだと思う。敢えて友人を作らない、というわけではないが、やはりここで心の友を作るのは難しい。そう思えた瞬間に帰国があったり、環境が変わったり、相変わらず、人との出会いと別れが秒刻みで訪れているような気がする。そんな私への吉報はNYの心の友が9月に戻ってくることだ。結婚を前提とした渡米なので、可能な限りNYにいることになるだろう彼女の再渡米は私にとってこの上なく嬉しく、そして安堵感もあり、9月が待ち遠しくて仕方が無い。そしてL.A訪問で強く感じたことは、どんなに離れ続けていても頑張って連絡を取り続けること。努力すること。彼女や彼らに何が起こっているかにちゃんとcatch upしていくこと。

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by inBrooklyn | 2007-06-26 10:55 | soulmates

A Happy Wedding Day!

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Though I can not be there with you,
I'm sending you all my wishes.

May your wedding day be
the new beginning of an everlasting happiness!

Congratulations!





多分彼との出会いはもう5年前位になるのであろう。いや、もっとか。アルバイトの面接に来た彼を私は一発で気に入った。それでも1度目のその機会は無能な上司によって却下され、それから1年ほど経ったある日、その彼が再度また応募をしてきているという話を聞く。「お久しぶりです」そんな挨拶から始まった2度目の面接で私は勿論彼を採用した。私は彼の持ち前の明るさと情の深さがとても好きだった。仕事以外の色んな話を沢山したし、彼女がいない彼の誕生日を2人きりでお祝いしたり、クリスマスイブに2人きりで働いたり、そんな思い出ばかりが残っている。そんなある日、彼は瀕死の交通事故にあった。2週間近く生死をさまよい、なんとか集中治療室を出た彼を待っていたのは約2年近いリハビリとの戦いであった。しかし彼は決してめげることなく、地方のリハビリセンター生活にも耐え、私がNYに旅立つ直前に、なんとか社会復帰した。今でこそ御茶ノ水の病院が懐かしく思えるが、当時は何をするにも同意書が必要だったり、会社の対応が非常極まりなかったり、彼のお母様の顔や、色んなことが本当に信じられなかった。そんな彼に半年ほど前に彼女ができたという吉報を耳にし、ほほう、とまるで母親のような気持ちでいたのが、今年に入って突然のメールで、なんと彼は彼女と結婚することにしたという。

私の中で完全に彼と結婚は無縁だったというか、彼は長い間彼女がいなかった上にその事故のこともあったので、やっと普通の生活に戻れたということ、彼女ができたということで、私は未だに彼の再出発を喜び、まだまだスタート地点に立っているものばかりだと思っていた。しかし確実に時は過ぎていたのだ。今まで本当に色んな友人の結婚報告を聞いてきたが、彼の結婚報告は一際胸にドシンと響くものがあった。フラッシュバックのように事故当時の記憶がよみがえり、本当に、あそこからよくここまで再起したものだと、1人、感動に包まれた。人間の生きる力、生命のパワーとは本当に素晴らしいものである。とにかく、「おめでとう」の一言に尽きる本日、2007年3月25日。結婚おめでとう。
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by inBrooklyn | 2007-03-25 18:30 | soulmates

A Year

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It's been a year since I moved this exciting blog.
I appriciate that you guys always support and keep in touch with me through this blog.

Thank you for being such a sweet presence in my life.


Spring is right ahead, and
wishing you a wonderful blooming season.
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by inBrooklyn | 2007-03-02 17:48 | soulmates