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Wonderful Days

31歳の誕生日は想像をはるかに超えた、それはそれは素敵な誕生日となった。ここNYCで出会った全ての人にお祝いしてもらったような気がする。そして日本人の暖かさにも感謝。もちろん、日本から多くのメールも頂いた。本当にみんな、どうもありがとう。本当に、31歳ともなると誕生日は「嬉しい」というより、「来てしまう」感のほうが強くて、「あ~あ」的なものが大きいのだが、アメリカということもあり、みんなでワイワイモードが誕生日!という感じなので、私も本当に楽しむことができて、嬉しい日々となった。こんなに多くの人に「おめでとう」と言ってもらったのは久しぶり、というよりあまり身に覚えが無い。日本と違って、アメリカではあまり携帯でメールをすることもないので、「声」としておめでとうを頂き、それはやはりメールの何倍も嬉しいものであるということにも今更ながら気付いた。

さて、ここで31歳を気に禁煙を、ということを彼に持ちかけられていたのだが、私が禁煙したら$500くれるという。私が吸ったらダブル返しということで。私はこの提案に"Yes"と言ったわけではないのだが、誕生日プレゼントは相当な金額の現ナマで、これには禁煙料が入っているのだろうと思われる。誕生日の次の日には朝タバコが無くなっており、なんとかこらえていたのだが、アルバイト先で我慢できずに購入。その後の電話で「タバコ吸った?」と聞かれ、思わず「まさか!」と答えてしまった。それから会っていないので、タバコと私は思いのまま共に時間を過ごしているのだが、さて、明日はどうしようか。禁煙とは想像以上にとても大変なことで、やはり15年以上もの習慣となっていたものをいきなり明日からプッツリとやめるということは、相当な覚悟と気合が要るわけで。
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by inBrooklyn | 2006-04-22 13:33 | New York

Last 30th

30歳はあっという間だった。30歳という響きがとても好きで、年齢を聞かれて「30です」と言うのがなんだか気持ちが良かった。去年は誕生日に1人で高尾山山頂まで登って、きのこ汁を飲みながら、これからのNYのこと、自分のこと、彼のこと、友達のこと、色んなことを山の上でボーっと考えていた。開運のお守りを購入し、良い1年になるよう祈った。

さて、31歳を目の前にして、彼が入籍をしたという報告を受けた。彼、と言ってもNYに行く事で別れを迎え、何度かメールでのやり取りなどもしていたが、ここ何ヶ月かはプツリと連絡が途絶えていた。私自身もめくるめく日常のなかで、彼の存在というのは日に日に小さくなっていたのだが、それでも心の奥底には何かがしっかり根付いていて、そこを信じて疑うことが無かった。何年後かの帰国時には結ばれるものだろうと勝手に決め付けており、それだけにその事実を知った時には唖然とし、一瞬時が止まり、それでもアルバイトに行かなければ、と何とかPCの前から離れ、家を出た。

まあ、我ながら30歳にして、数々の恋愛を経験してきたというのに、どうしてこうも自分の男に関する目が常に勘違いなのか。それも今になってやっと気付くという、学習能力の欠如。私は遠い昔、2年近く二股をかけられていたことに全く気付いていないという何ともおめでたい奴であったし、海外に行ってしまった彼を脇目も振らず待ち続け、帰国後、「彼女ができた」と言われる始末であったおばかな忠犬ハチ公であったのだが、今もその良く言えば純粋・普通にアホで勘違いな女の部分が拭いきれていないのだった。そして今回は、私自身がNYに来たということもあり、自分だけの環境が変わっているのだと思い込んでいた。そして勿論、そんなことは無く、当然相手も変わっているのだということを、すっかり忘れていた。しかも今までなら相手に新しい彼女ができたという時点で終えられたのに、今回は入籍したと聞くまで終わりに気付けなかったというたちの悪さ。

本音を言えば、とても残念であった。彼との日々はとても楽しく、毎日笑っていた。色々なこともあったが、本当に楽しかった(←これも今となっては勘違いかもしれない)。少なくとも、私は。まあ、私も大人になり、さすがに今回は忠犬ハチ公をしていたわけではなかったので、それを成長と呼んでおこう。そして、その日はさすがに1日中考えてしまったが、アルバイトと友人の誕生日が味方となり、疲れ果て寝て起きたら、その事実を受け入れている自分がいた。逆に今は何かから開放されたような気持ちが沸き起こっている。とうの昔に始まっていたのだろうが、改めて、新しい人生を生きようと思った。

岡本太郎の言葉を借りるなら、「ほんとうに生きるということは、自分で自分を崖から突き落とし、自分自身と闘って、運命を切りひらいていくことなんだ」、ということで、30歳は波乱万丈であったが、その分、忘れられない1年となった。そしてこの1年は、多くの友人と家族に支えられ、助けられた年であった。あと1時間もしないうちに31歳になろうとしているが(exciteは全てが日本時間基準で、私としては不満)、明日は学校では3時間テストがあり、その後はバイトという、普通の日。そう、いつだって普通の日々、普通の幸せを求めている私なのだが・・・。まあ、岡本太郎が出てきている時点でもう違うのかもしれない。まあ、それでいいだろう。すこぶる元気であるから、それで良い。
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by inBrooklyn | 2006-04-18 12:23 | talk to myself

Spanish-American Institute

f0080357_11317.jpg12日で9ヶ月の語学学校が終了。1月に病気で休んだ分を4月末までプラスしてくれるとの事だが、ペーパー上では7/11~4/12で終了した。この学校ではレベル4からスタートし、5、6、Business、Advanced、TOEFLと5つのレベルをクリアしていった。とは言ってもTOEFLは1ヶ月前に始めたばかりなのでまだまだ先が長い戦いであったのだか、ビザの関係上4月でこの学校は終了。昨日はMilaとRaymondも終了だったので3人のお別れパーティーなる物が開催された(と言っても、企画は彼ら当人2人による物であったが)。

9ヶ月。果たして私の英語力はどの程度上がったのであろうか?振り返ってレベル4の教科書をみれば確かにとても簡単に思えるようにはなったが、実際ここでの生活で苦労が無いかといえば全くもって未だに苦労だらけの日々で、ニュースがある程度わかるようになったくらいのものだし、やはりnativeと話す時には何度も聞き直さないと理解不可能。激安語学学校での9ヶ月は果たしてどういうレベルの物であったのか、6月のHunter Collageによってわかるであろう。

帰国も近づき、思うことは、とにかくこの9ヶ月は慣れることで精一杯だったような気がする。知り合いもいないこの地で、毎日学校に通い、何人かの友人にも恵まれ、日本人の安心できるアルバイト先にも恵まれ、ハプニングもこれでもかというくらい起こっていたが、それでもこうして無事に9ヶ月を終えることができた。沢山の人によるサポートがあってこそ。そしてこの期間に私が体験し、学び、成長していったことは、他の何にも変えることができない、そんな風に思える9ヶ月であった。ここで1度日本に帰国することで、更にまた自分自身を色んな方向から見つめ直すことができるであろうと思う。あっという間だったが、長かった9ヶ月。
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by inBrooklyn | 2006-04-15 01:18 | school

Her Journey

30歳ともなると、独身の友人が殆どいなくなってしまった。多くの友人が結婚し、家庭を持ち、子供を授かり、新しい生活を送りはじめ、それでも変わらない人もいるが、物理的にどうしたって独身の私とはかけ離れた生活になる。私が友人と何かしたいと思っても、まずは最初に相手の家庭、旦那様もしくは奥様のことを考えてから、「時間取れる?」という問いかけになる。子供がいる場合は有無を言わさず「大丈夫?」から始まり。特に意識はしていないが、こうして改めて考えてみると、まずは家庭があって、その中で時間が取れるか?という何ともいえないこちらの気の使いよう。いや、これが嫌だと言うことではなく、自分の中でも常識として存在しているので全然いいのだが、やはり独身時代には無かった気の回し方をするようになっているのだなあ、と。そう考えると、数少ないが、独身の友人との方が気軽に会うことができる。そう、独身友人とは「会おう」となり、既婚友人とは「会える?」となり。

高校時代から今でも連絡を取り続け、会い続けている貴重な友人が、明日スペインに旅立つ。彼女とは月1ペースでミーティングたる物を開催し、微妙な年齢にさしかかった時代も、常に2人で上を目指し、協力してどん底から這い上がってきた。私がNYを行きを決断した時も、彼女と2人で原宿の行きつけのカフェでランチをしていたし、彼女がスペイン行きを決めた時も、やっぱりそのカフェにいたような気がする。彼女は東京に住んでいなかったので、そのカフェが、私のお昼休憩の僅か1時間が、本当に貴重だった。とは言っても、彼女は月に2,3回ペースで東京に来ていたので、カフェ以外でも何処でも会える環境ではあったのだが、何故か今振り返ると、あのカフェで過ごした僅かな時間が、今の全てにつながっている気がする。彼女は去年、私より一足先にスペインに旅立ち、彼女の帰国の時期と交互して、私がNYへと旅立った。彼女にとっても私にとっても、スペインとNYはそれぞれの長年の夢の舞台であり、その地へ行くという決断に至ったことは、2人にとって、とても自然なことでもあった。独身・30歳というのもひとつのきっかけであったであろう。

それは私たち2人にしかわからない決断であった。そして私たちはその決断によって、とても大事にしていたことを失った。そんな部分まで連鎖反応してしまい(しかも相手の名前まで一緒だった)、彼女と同じことが私にも起こった時、私は何故高校時代からこんなにも長く彼女と友人でい続けることができたのかが、明確になった気がした。そのlostは彼女にとっても私にとってもとても深い出来事で、打破していくのには時間がかかったが、彼女にはスペインが、私にはNYがあった。あれからもう1年近くが経とうとしている。

今回2度目となるスペインの旅立ちの直前に、何と彼女から恋に落ちたという報告があった。相手は彼女が全てをさらけ出し、安心して甘えられ、暖かい気持ちになる、大人の男性だという。私は心の中で「ヨシ!」と叫んだ。それでよい。私が今彼に感じる気持ちも、安心して甘えられるものであり、それを受けとめれくれる人だ。そして双方とも、お金があり、経験豊かなので、どっしり構えて私たちを遊ばせてくれる。それでよい。誰がどう言おうと、それまではきつかったから、もう、それでよい。パーフェクト。今でこそいい想い出になっているが、当時は本当につらく、長い間時間をかけて辿り着いた私たちの決断を1番理解して欲しかった相手が、実はそれを受け入れられなかったという事実を知った時、私たちはどうしたって自分を責めるしかなく、でも、それでももう止まることはできなかった。その、この年齢で海外に行くという決断には、物凄い葛藤と不安と、言葉にできないほどの様々な想いが重なったぐちゃぐちゃなものが沢山詰まっていたのだ。簡単に決めたことではなく、本当に本当に長い間、悩み、考え、やっと辿り着いた答えであったからこそ、そのlostが身にしみて、きつかった。だから、これでよい。それでよい。しかしもうひとつ共通して言えることは、先が見えない関係だということ。temporalyとでもいうのか、彼女は彼と離れてスペインへ旅立ち、私も彼との関係がいつまで続くのか、全く先が見えない。それでもちゃんと相手と常に真剣勝負、pureな気持ちは失われることが無い。とは言っても、自ら窮地へ追い込むくせのある私たちは、永遠に落ち着くことなんて無いのかもしれないが。彼女の幸せをNYから願う。
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by inBrooklyn | 2006-04-11 17:13 | soulmates

TOEFL-ibt-

土曜日はTOEFLの試験だった。アメリカのTOEFLは全てコンピューター対応のTOEFLに変わり、とてもorganizedされており、新しい時代の試験の形を体験した。内容はSpeaking((20分×13問)×5問)、Listening((10分×3問)×2問)、Speaking6問、Writing(20分×2問)という内容で、時間にするとトータル4時間。休憩は間に10分間だけで、その休憩もコンピューターによって管理されており、その間は試験場にも入れない。試験自体も、自分の情報が登録されているコンピューターと共に開始なので、10時スタートではあるが、個々バラバラ。思っていた以上にListeningとSpeakingがやはり難しく、改めてプレッシャーを感じた。あと半年のうちになんとか目標点をクリアしたいし、クリアできないとなれば、それはそれでこの滞在のことを考えなければいけないと思う。とにかくもう1度気を引き締め直して(最近、これが口癖になってきてしまった)勉強に取り組まなければ。
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by inBrooklyn | 2006-04-10 11:12 | study

It's a girl!

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Life is full of beginnings-
May this be one of  
your happiest ever!





on April 5th, 2006
happy happy birthday


アサミに2人目の娘、メイが誕生。母子共に健康。おめでとう。メイの誕生はもちろん楽しみではあったが、とにかくルナ(長女になったのだ!)が心配。なかなか微妙な反応らしく、頑張れ(>-<)!と遠くから応援するのみ。もう1年以上会っていないのだが、次に会う時、ルナは私のことを覚えているか、とか(覚えているわけ無いのだが)、メイが誕生した分、いっぱい愛をあげよう、とか、色々考えていたらいますぐにでもL.Aへ飛んでいきたくなってしまった。どうしてこんなにルナのことが大好きなのか、自分でもよくわからないのだが、でもアサミがルナを産んでから、本当に素敵なママになり、ママとしてだけではなく女性としても人としても日々とても輝いているので、そんな風に「あの」アサミを変えたルナをやはり愛せずにはいられない。そしてメイ。メイに会ったら今度はどんな気持ちになるのか、本当に本当にとても楽しみな出会い。

さて私のバケーションはいつやってくるのだろうか?同じアメリカにいるとは言え、西海岸と東海岸では距離がありすぎるし、アサミは2児の母、私は貧乏学生、日本からのAirもNYからのAirも同じくらいの値段。これじゃあ同じ国にいる意味があまり無い。でも、私の中で何かを達成しないことにはバケーションを取ってはいけないような気もしている。今はそんな贅沢をしていられないとでもいうか。まあ、だからこそバケーション。夏までにはTOEFL諸々全てクリアして、会いに行きたい。
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by inBrooklyn | 2006-04-08 13:54 | soulmates

Police Office

警察が出す被害届が必要だと言われたので、ゲトーエリアのそこ自体が危ない雰囲気の地元警察へ行く。1歩踏み込むと、みんなが騒ぎまくっている。彼氏のストーカーが悪化しているから助けてと叫ぶ人、スペイン語で怒鳴り散らしているおばさん、お腹がすいたと泣き叫ぶ子供・・・。日本とは警察の応対も異なり、まず警察に入ると窓口がひとつだけあり、そこで事情を説明しないことには中にも入れない。しかも、窓口にいる警察職員はたったの1人で、その場で被害者のレポートをマイペースで延々と書いている。黒人のお姉さんが待ち疲れて、FワードやSワードを叫び出す。かれこれ1時間近く待ったであろうか。見かねた職員が1人出てきて、彼に事情を説明すると、証明も何も無い私のようなケースは被害届けの書きようが無いのこと。カードは手元にあるし、一緒に残高をネットで見たところで、それが私が引き落としたものではないかということは銀行にしかわからないし、日本語表記だから更に理解すらできないという話になり、私も被害届をアメリカの地元警察でもらうという事に疑問を感じていたので、「そうだよね、書きようが無いよね」と彼に同意。その旨を電話で銀行の担当者に伝えると、あきらかに挙動で、どうやら私が口座を作ったその支店ではこういう被害への対応が初めての経験らしく、何を聞いても「本部に聞いてから、かけ直します」という何とも頼りない対応。その対応にこれは無駄足だったということを悟り、帰宅。

アメリカではATM機械によるスキャミングはよくある話のようで、アメリカの銀行にはそれ専用のフォーマットがあり、警察に行く必要もなく、1週間程度でお金は戻ってくるとのことだった。さすがカード社会アメリカ。さて、日本の銀行の対応はどうなることか。

NYに来てからというもの、トラブルが尽きない。一方で、何のトラブルにも見舞われていない友人がいて、私と彼女のこの差は何なのであろうか、と考えた1日。昨日は動揺して朝4時まで眠れず、やっと眠りについたと思ったら、悪党に襲われ、大金を持って逃げ回る夢を見た。悪党は絶対にみつからないような茂みや山の中へ逃げ込んでも、ハイテクノロジー機械により、私の居場所をすぐに察知し何処までも追いかけてくる。そういう夢。やはりこれは前厄か。

しかし、母は強し。動揺しまくりの私に、「あんた、50万ごときでビビッてんじゃないわよ」「こっから先は私の出番だから」「1円たりとも逃さず取り戻すから」「戦闘態勢全開!」という言葉に、生まれて初めて(?)母親に尊敬の念を抱いた。そうは言っても、1日経てばもう私も落ち着き払ったもので、改めて、やはり時間とは凄い物だと。時間は全てを解決していく。
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by inBrooklyn | 2006-04-07 14:01 | life

Leaked Out

今日家に戻り、振込みをしようとモバイルバンクで口座を開いたら、なんと50万近くが見知らぬ誰かによって引き落とされていた。明細を見ると、3/29から8回にわたって「国際カード」(この記載の場合は日本以外で)で引き落としがされている。母親にその場で連絡。それから5時間あまりがたった今・・・、なんと最初の2回はタイランドで引き落とされていたことがわかった。しかも3000円が2回ずつ。残りの6回は¥85,367とかそういう端数表示で、毎回そのあたりの金額なので、アメリカだとにらんでいるのだが(アメリカでは1回の引き落としMaxが$800ところが多く、しかも1回おろすと同じ銀行ではもう次の日にならないとおろせない)、さて、どこで被害にあっているのか。情報漏洩により、私以外にも沢山の被害者が只今続出中の日本、のはず。

凄い世の中。
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by inBrooklyn | 2006-04-06 15:36 | life

Liberal Arts

教養が無い、と感じる。TOEFLでの長文は単語がわからなくとも、歴史・政治・科学・人類学・物理・文学等、どの分野においても一般的な教養があれば、何とか答えられるレベルの物であるということに気付く。先日大学の成績証明証を入手し、はるか昔の大学時代の成績を何年ぶりかで見たのだが、今となってはどれもとても興味深く、学んでみたい科目ばかりで構成されており、本当になんともったいない4年半を過ごしていたのだろうか、とそれに気付くのもかなり遅く。スペイン語の授業もⅠ~Ⅵまで取っていたというのに、amigoとuno, dos, tres位しかわからない有様。

まあ、勉強のことなど、何も考えていなかった。友人と過ごす日々がとても楽しく、恋愛に夢中になり、ダンスに明け暮れていた。そんな日々を4年間も過ごした。毎日毎日よくもまあそんなに話すことがあったなあという感じだが、友人との話は尽きることが無く、朝から夜まで好きな人や彼氏のことで頭がいっぱいだった。遊び倒し、堕落した毎日でしかなかった4年間と言えるだろう。しかし、楽しかった。友人と恋愛とダンスの想い出だけが残っている。

卒業後、アパレルで7年間近く働いたが、そこで一般教養を問われることは皆無に等しく、まあ販売員止まりだったということもあるが、そう考えるとアパレルも特殊な分野で、言い方を変えれば、販売員などアホでもできる職種であったと思う。高卒で充分だし、販売員に必要なことはセンスと接客力と販売力のみ。今でこそ、専攻と全くリンクしない職種を選んだことをもったいなく思うが、この7年間では全く異なる分野での成長を遂げたので、それはヨシとして。とにかく大学時代は、「専攻」していただけで、「勉強」は全くしていなかったので、少しやれば思い出すというものでもなく、取得単位を見て、「えっ、ロシア史研究とか取っていたんだ!(むしろ「あったんだ」、という驚きの方が大きい)」という・・・。英語以外に、最低レベルの教養を身につけることが必須であると感じる今日この頃。
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by inBrooklyn | 2006-04-04 07:31 | study

Summer Time

f0080357_15594931.jpgSummer Timeが始まり、2日の午前2時(夜中)に1時間自動的に繰り上がり午前3時へ。日曜日は13時からの"Step Challenging"クラスを受けるつもりが、このSummer Timeのことをすっかり忘れており、友人からの電話でクラスにはもう間に合わないことに気付く。最近日曜日はGymに通っている。私が入会したGymはYMCA経営のGym、そして今は全てに学割が利くので、費用も毎月たったの$33。YMCAということで、NYのお洒落Gymとは程遠いが、運動ができればそれで良い。日曜日もすがすがしい快晴で、ビーサンどころか早くもタンクトップで過ごす。Gymの後レモネードが、とても美味しい。これだけ気温が上がると、vacationを取って、どこかへ行って、ゆっくりしたい。変わらず、金曜日に学校が終わると物凄い疲労感に襲われ、最近では土曜日の朝に起きることがかなり苦痛になり、先週は寝坊して1時間以上もアルバイトに遅刻してしまった。日曜日もGymに通い始めたので1日中ゆっくりと家で爆睡することもできない。しかし、冬の間に肥えた身体を鍛えなおす為に、Gymに通い、体力を回復させなければ。勉強・アルバイト・Gymと過密スケジュールにすればするほど、1日1日があっという間に過ぎていく。NYも、もうすぐで9ヶ月目。あと3週間弱で学校もお終い。
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by inBrooklyn | 2006-04-03 16:05 | life