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website

commune(アルバイト先)のwebsiteが動き始めた。私はここで6人のstaffと共に働いている。4人のstylist(美容師)。社長とマネージャーは川崎出身の幼馴染で、社長はNY在住10年目、マネージャーは7年目とベテランで、この2人のおかげで私のNY生活はかなり充実したものとなっている。あと2人のstylistは、1人はパリ在住4年・某有名hair stylistのアシスタントを経て1年前NYへ移住。彼女がアシスタントをしていたstylistはワールドクラスの方で、D&Gの広告や雑誌の表紙、彼の作品を挙げ出したらキリがない。そしてもう1人はロンドン在住4年でやはり1年前にmake upの勉強を兼ね、NYに移住。この2人とは、NYに来た時期や働き始めた時期も一緒ということで、特に親しくさせてもらっている。色んな意味でワールドワイドに活躍してきた美容師さん揃いなのだが、気取ったところはかけらも無く、それぞれが本当に良い美容師さん。2人のreceptionist。私と交互のシフトで働いている彼女はNY在住5年目の大学生。そしてお店の内装・アートワークを手がけるspace designer。彼は日本でH.P FRANCEIDEEなどでの経験を経てNYと東京での生活を繰り返し、今はNYに腰を据えている。

BrooklynのWilliamsburg、Bedfordという小さな町は、今ではNYの観光ガイドにも必ず載るまでになった。アーティストやmusicianが本当に多く住む町で、Manhattanとは一味違う、Brooklynらしい雰囲気の面白い場所。最近この町が地元のようになってきた私は、アルバイトが無い日でも、お気に入りのカフェに入り浸って勉強している。
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by inBrooklyn | 2006-07-31 22:47 | New York

Relief

木曜日の夜に「車を貸すから1人でPhiladelphiaに行けるか?」と言われた。うーん。うん・・・、わかるよ。今の仕事の依頼者がお金持ちのJewishのジャンキーで、物凄いプレッシャーをかけられて仕事していること、毎日のように聞いているし。現場ではトップで仕事しているから、あなたが休んだら仕事がはかどらないことも。わかる。でも、やっぱり「まじかよ~(=_=)」って思ったし、閉口してしまった。その後急いでネットでホテルを探したけど直前だということ、金曜日ステイだということで、1番安くても$200近い。仕方が無いが。

金曜日、学校帰りにPhiladelphia行きのバスチケットの購入方、時刻表を入手して「バスで行くので大丈夫」というテキストを送った。前日の会話で、鬱気味だった私は無意味にEX-BF達とのそれを思い出してしまって、直前になって駄目になったっていうパターン、何回目だよ・・・とか、やっぱり誰かに頼ってはいけないとか、色んな気持ちがぐちゃぐちゃして、とてもナーバスになった。それを打開するには、さっさと1人で出発しなければと、家に戻り準備をしていると「悪かった、前から約束していたことだし、大事な試験だし、ちゃんと、連れてくから家で待ってろ」という電話が。

結局21時過ぎにBrooklynを出て、Philadelphiaに着いたのは夜中の1時を過ぎていた。途中、ナビ役だった私が道を間違えており。彼が「こんなに遠くはないだろ」と言って再度ルートを確認した時点では、もうかなりPhiladelphiaを越えており、結局U-turnして戻る羽目に。連日の勉強と前日のハプニングと試験前のナーバスと、全てが重なって、ホテルのベッドはとても快適だったが、私は良く眠れず、遅刻したかと思って目覚めるとまだ6時前だった。

今回のTOEFL会場は前回のNYとは違って、1人1人隔離されたスペースではなく、30人近くが同じ部屋で、Speakingセクションでは周りが一気に話し始めたり、気付くと私のspeakingが部屋中に響き渡っていたりと、とてもやりにくい環境だった。周りに気をとられ、listeningを聞き逃したりもした。それでも前回よりは時間配分も上手くできたし、writingではほぼ満点に近い解答が書けたような気がするが。

朝の9時半には会場入りして、そのまま飲まず食わずで会場を後にしたのは15時半を過ぎていた。6時間近くの監禁状態。電話すると、「NYに戻らなきゃだから、帰るぞ」ということで、観光する時間も無く、ご飯をゆっくり食べることも無く、ハンバーガーをかじりながら帰路へ。

一方彼は、ホテルのcheck-outが12時だったので、大きな気持ち良いking bedで長い時間、とても良く眠れたそう。この2ヶ月近くの疲労が一気に取れた彼は、12時以降は1人観光。建国時代からの歴史的建物も満喫し、久々にshoppingまでこなしていた。NYまでのhigh wayはとても気持ちよく、私も長い緊張が解けリラックスし、約3時間近く久々に2人で色んなことを話しながら帰った。Philadelphiaにいる間にも、部下からの電話が鳴りっぱなしだったが、それでもつかの間の休息を彼なりに満喫できたようで、それが私には嬉しかった。その帰り道、私は知らないうちに鬱から解放されていた。
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by inBrooklyn | 2006-07-30 13:06 | study

done

今日で2ヶ月間のHunter Collegeが終了。長いようで短かった。とにかくこの学校と私は合わなかったようで、学校では溜息ばかりついていたような気がする。結局友達はできなかった。学校に行けばクラスメイトと会話は毎日したけれど、それだけ。今日は先生を取り囲んでのlast dinnerだったが、薄っぺらいdinnerで、日本にいた時の薄っぺらいそれ(上司との食事)を思い出した。

1日9時間コースの日々が2週間近く続いているのだが、最近では、なんだか自分が欝のような気がする。高校や大学時代のように、誰かと一緒に試験勉強をしている、という訳ではないし、そして先日の友人の帰国が思っていた以上に大きくnegativeに響いている。全ての意味で「友達がいないなー」と感じる(注:日本人の)。そして、猛暑と地下鉄の熱がこもった空気が、体力だけでなく、精力までも奪い取っていく。帰りの電車の中で、「セラピーにでも行ったほうがいいのか?」と考えたが(NYではセラピーに行くのは当たり前とは言わないまでも、いたって普通の行為である)、途中でふと、これは完全に登校拒否児の兆候で、今日で終了したのだから問題無いのだということが判明。

明日はTOEFLを受けに、Philadelphiaへ。リラクゼーションも兼ねた、1泊の旅。
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by inBrooklyn | 2006-07-28 13:17 | school

Norwegian Wood

目的を持って買い物に出かけると、「これだ」と思うものが無かったりなかなか見つけられなかったりするものなのだが、ふらっとどこかに立ち寄ったりすると、かなりの確率で今すぐ欲しい物に出会ってしまったり(そんな時は決まってお金に余裕が無い)、また、ずっと探していたものを見つけることができたりする。先日の日本滞在では、暇な時間を読書にあて、村上春樹を端から読み直していた。彼の本はアメリカだけでなく、ヨーロッパでも翻訳出版されているので、NYに戻ってから英語版「ノルウェイの森」を読んでみようと思い、何度か本屋に通った。しかし、本屋があまりに広いのと、セクション分けの構造もいまいちわからず、どうしてもみつけられずにいた。

f0080357_13232238.jpg今日、何となくやはりふらっとBarnes and Nobleに立ち寄り、"fiction/literature"のコーナーをのぞくと、著者のlast name順に本が並んでいる。それに従って"M"のセクションに辿り着くと、なんとそこにはたくさんの"MURAKAMI"があった。こうしてようやくアメリカ版"Norwegian Wood"(ノルウェイの森)を購入。今、学校の課題で"A Tree Grows In Brooklyn"(邦題「ブルックリン横町」)という小説を読んでいる。英語で小説を読むことは、Writingにも役立つし、速読(Reading)にも繋がっていく。ただ、この課題図書本があまりにも単調でつまらない内容なので、そうなると更に英語でというdisadvantageも加速し、一向に進まず、一向に読み終わらない。今日はテストが早く解き終わり時間が余ったので、早速ノルウェイの森を読み始めると、やはり、英語でもおもしろく、あっという間にChapter1を読み終わってしまった。そして本を読み始めた私に気付いた先生に怒られるかと思いきや、先生も村上春樹が大好きで(カリフォルニア出身のアメリカ人)、「このミステリアスウーマンに夢中になったよー」とのこと。恐るべし村上春樹。1つだけ気になるのは、この表紙。これが「直子」をイメージして描かれている物では無いと信じて・・・。
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by inBrooklyn | 2006-07-21 13:24 | fabulous

Consideration

高校生までは「友」とは同級生のことだった。1つ上からは「先輩」、1つ下からは「後輩」であり、それは「友」では無かった。初めてできた年下の「友」とは、ダンスで知り合った。もう記憶もさだかではないが、最初はやはり年の差を意識しながらの付き合いだったような気がする。しかし、幼稚園の頃からボスキャラだった私は、この年下の友人たちとの関係にもすんなりと馴染み、何かあればもちろん年功序列でリーダーの役を買って出ていた。それから社会人になり、年月と共に小さかった会社も人員も大きく変わり、私自身も気付いたら部下を抱えるようになっていた。アパレルだったこともあり、新人はおのずと年下ばかり。ボスキャラは不動のものとなっていった。

ここNYに来ても、出会う人はやはり年下が多く、それでもNYというカテゴリーとして捉えると、私はまだ新人類に入るので、ボスキャラを発揮するまでには至ってはいない。先日日本に一時帰国した際に、友人に「再放送の『アネゴ』を観てるんだけど、もうアネゴがまいくんにしか見えなくて」と言われ、思わずNYに戻ってからDVDでアネゴを観てしまった。感想としては、私は彼女ほど、お人好しではない。自分の幸せを投げ打ってまで他人を助けにいったりすることなど、もう無い。もう、と言うのは、社会人になる前は、正にアネゴのような性格だった。その友人とはもう10年もの付き合いなので、彼女にとって私はアネゴそのものなのだろう。

しかし最近では、長い間「上司」であったこと、年齢も三十路を過ぎたこともあって、アネゴはアネゴでも、敬意を示されることが多く、それは何てことの無い日常の中に存在し、私も普通にそれを受け入れていたことによって、ある部分が私に足りなくなっているのだということに気付いた。それは、「気遣い」である。例えば、荷物を持つ、例えば、奥の椅子に座る、例えば、注文をする、例えば、お酒を注ぐ(まあこれは、私はお酒を飲まないので必要の無いものだと思っているのだが)・・・諸々。社会人の時は最高な部下に囲まれ、彼らが何でもやってくれていた。そして知らないうちにそれが当たり前になってしまっていて、そんな風にして、私は「気遣い」に欠ける人間になっていたのだろう。昨日帰国した友人も、気付けば私にcomfortableな選択を常に与えてくれていた。

彼女が大荷物を抱えているのを知っていながら、それを持つということに気が回らなかった私。他人が「荷物持つよ」と言うのを聞いて「ヤベッ」と思うのだが、他人のそのような行動がないと、気付きもしない。多分こういうことは他の場面でも多々あることなのだと思う。今までにも何度か「ヤベッ」と思ったことがあり、特にそのことに対して意識はしていなかったのだが、それは直していかなければいけないところなのだと感じた。
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by inBrooklyn | 2006-07-19 12:28 | talk to myself

She left.

空港は、出会いと別れが凝縮された、なんとも言えない不思議な場所。再会を楽しみに待つ人、旅行を目前に興奮でいっぱいの人、哀しい別れをした人、泣きながらゲートに入っていく人、希望と夢で満ちあふれている人、新しい地に一歩足を踏み入れた人・・・。今日の朝、とても貴重で、とても大事に思っていた友人が、とうとう日本に帰国してしまった。私は彼女が帰国するということにずっと実感が持てずにいたのだが、さすがに空港まで来ると、これは事実なのだということを受け入れるしかなかった。

彼女は私よりも10歳近く年下で、元はと言えば同じ職場の上司と部下の関係だった。たまたまNYに留学する時期が重なったというだけで、それまでは数えるほどしか話したことの無い2人だった。彼女は私にとって、NYにいる唯一の知り合いとなり、しかし、詐欺から始まった私のNYライフは、全て彼女の助けと協力に支えられていった。家無き子の私は初日から彼女のアパートメントでお世話になり、地下鉄の乗り方、携帯、アパートメント探し・・・諸々、NYライフの基盤の全てを彼女が導いてくれた。あれから1年。私たちは知り合いから、貴重な友となり、お互いを良く知り合ってきて、これからもっともっと沢山の時間を共有していきたいというところだった。私にとって彼女の存在はとても大きく、他に友人を作る気さえも起こらなかった。本当に大切な友人は1人いればいい。そしてそれもやはり時間をかけて大切にしてきた友情であったからこそ、今回の別れは本当にきつく、寂しく、難しかった。別れの時には私も彼女もハグするのが精一杯で、言葉の一つも出なかった。彼女の友人が横で「これは別れじゃないよ、またすぐ戻ってくるしね」と言っていたが、これは大きな大きな別れであること、彼女はすぐには戻ってこれないということ、またNYで、昨日まで送っていたような生活をすることがこの先あるとしても、それにはとても長い時間がかかるということ、だから大きな別れなのだということ、そして日本へ本帰国するのだということ、色んなことがリアルすぎて、本当に言葉が何も出なかった。そして彼女が、彼がどんな気持ちで今いるのかと思うと。

NYは楽しいことが100倍楽しいように、哀しいことも100倍哀しいのだということを知った。
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by inBrooklyn | 2006-07-18 13:43 | soulmates

9 hours

最近ダレ気味だった自分を引き締める為、もう1つ学校を増やした。これによって、12:00~14:00学校、14:00~17:00自習、17:30~21:30学校という1日9時間体制で勉強に励んでいる。この昼間の学校は、以前通っていた学校のTOEFLクラスに再度申込。約3ヶ月ぶりの我が母校では、先生を始め、事務員のお姉さんたち、生徒たち、みんなが"Ma―i!!!"と言って暖かく迎え入れてくれた。やはりこのゲトースクールの方が、私自身も心地良い。先生は相変わらず魅力的で面白い授業内容を提供してくれるので、また休むことなく通う日々。

そして間の3時間はHunterの傍のStarbucksまで移動し、ここで過ごす。NYでもStarbucksでコーヒーを飲むと、周りのお店より若干高め。ここに通う日々が続き、1日のコーヒー代がかさみ、極貧学生の私はそれが少し気になるところではあるが(なんという極貧っぷり・・・)、とにかくStarbucksはとても勉強がしやすい。NYではカフェというと勉強か、PCで何かをしている人が本当に多い。特にスターバックスはT-Mobileというアメリカの大手携帯会社のワイヤレスが接続できるホットスポットなので、みんな、コンセントを持参して、黙々とPCに向かって何時間もそこで過ごしている。もちろん友人と「お茶」している人も沢山いるが、それでも30%くらいの割合だろうか?図書館と一緒で、周りがそういう環境だと、勉強がとてもしやすい。NYにいると、とにかく勉強している人の数の多さにびっくりする。アメリカらしい、分厚い教科書や参考書を抱えた人を、地下鉄でも、カフェでも、街中でも、どこでも見ることができる。

1日9時間も外で勉強していると、家に着く頃にはさすがにヘトヘトで、以前は夜中の3時・4時まで起きていた生活スタイルがあっという間に朝方に戻った。家に帰ってから教科書を開くと、さすがに強烈な睡魔が襲ってくるので、逆らわずに就寝。しばらくはこの1日9時間スタイルをキープして頑張りたい。
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by inBrooklyn | 2006-07-15 13:14 | study

Happy 35th Birthday!

f0080357_1451347.jpg先週の土曜日に、Bedford近郊(アルバイト先)を友人とブラブラしながら目に付いた物を彼に報告し、その中から1番欲しいと思う物を選んでもらうと、それはunderwearだった。そしてブリーフがいいのか、ボクサータイプがいいのか、生地はどんな感じか、かなりspecific(特定)に解答してもらい、そのリクエストに忠実に従ってunderwearを購入。そしておまけでTシャツ(これも一色・丸首とのリクエストあり)も購入。今日は学校帰りにWhole Foodsでミニケーキとキャンドルを購入したりしていたら、家に着いたのはもう23時近かった。急いで箱からギフト袋に詰め替え、一応誕生日らしくリボンをほどこして。そして彼の反応は・・・。なんと、大喜び!そこまでリクエストを聞き出せば、underwearがgiftだということもわかっていたはずなのに、とにかく驚きながら、とても喜んでいた。サイズもジャストでBloomingdale'sのお兄さんに感謝。返品もサイズ交換も免れた。キャンドルを灯しながらプチケーキを食べて、小さな誕生会。これで充分。35歳のお誕生日、おめでとう。
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by inBrooklyn | 2006-07-14 14:55 | love

Cherry Picking

f0080357_1151393.jpg社長と旦那様はいつも休日に釣りやピクニックに出かける素敵な夫婦。アウトドアなら何でも来い、の旦那様に私はあるおねだりをした。そしてネットでNYの果樹園を調べ上げ、とうとう念願のCherry Pickingに!今日は学校をサボって、commune(アルバイト先のHair Salonの名前)遠足。朝8時集合で、BrookynとQueensから更に東へ続く、Long Islandへ。10時に到着後、お昼にはPickingが終了、そして1時にはLong Island最東のBeachへ。それぞれ各自がおかず、おにぎり、飲み物、お菓子の担当をこなし、久々にbeachでは美味しいおにぎりやコロッケの手作りランチ。日本のお弁当は、本当に美味しい。みんなで出かけるアウトドア遠足は、何歳になっても本当に楽しい。しばしNYという都会の喧騒から離れ、アメリカらしい田舎での一時。

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by inBrooklyn | 2006-07-11 11:59 | day off

1 Year

NYに来てから1年が経った。丁度このBlogを書いている今この時間の1年前に、私の乗った飛行機は成田からNYへと飛び立った。3歳児にとっての1年は今までの人生の1/3に値し、今の私にとっての1年は人生の1/31。歳を重ねるごとに1年過ぎるのがどんどん早くなっていって、それはこれからも加速していく。1年も経った今では、ここNYでの生活は至って普通になり、本当に「当たりまえ」の日々となっている。以前のようにふとした瞬間に、「ああ、ここはNYなんだ」と感激することも無くなった。特に自分を「日本人」として意識することも少なくなり、大抵のことは1人でできるようになった。英語での対応も、知らないうちに日常生活においては全く困らなくなり、気付けばWorld Cupの英語解説も普通に理解できるようになっている。

ここまで書き上げて、さぞかし素晴らしい英語力の上達を期待されそうであるが、もう今となっては、1年前の私がどんな風に全ての物事に対応していていたのかということが、あまり思い出せない。1年前と何ら英語力が変わっていない気もするし、むしろNYデビューしたての私の方が、今よりももっとアグレッシブに何事にもチャレンジしていたし、勉強する気合も充分だった。何事においても、右も左もわからない環境というものは、人に緊張感を与え、潜在能力を発揮させる。慣れてしまえば、そこから先は自分自身との戦いであり、lazyに陥るのはいともたやすい。

誰もが経験することだ、とよく言われているが、正直言って、私の英語力は8ヶ月目辺りから低迷している気がする。語学学校の最終レベルから、その上になかなか上がれない。そして自分を振り返ると、やはり勉強にかける努力が明らかに薄れている。来た当初は、この地で何かを得ようと、勉強だけではなく、全てに対して全力投球していた。そしてここでの生活に馴染んだ今、全力投球で行くべきものは勉強だけになり、それは本当に自分の意思と行動で全てが左右されていく。そう考えると、今こそが「つらい」と思うくらい努力をしなければいけない時期なのだろう。自分で自分のケツを叩き、ストイックに生き、そしてgoalを勝ち取らなければいけない。
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by inBrooklyn | 2006-07-07 12:42 | talk to myself