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Core focus

喧嘩して、言いたいことを吐き出したらスッキリした。なんか、こんな風に自分のことばかり中心にして生きてたら、いつまで経っても結婚とか家族とかそういうのが私には訪れないのかも、と思った。これで振られちゃっても仕方が無いな、と。まず30歳で渡米を決めた時点で、もうそういうことだったんだと思うし。彼は36歳で私が35歳になるまで待っていたら40歳近くになってしまう。喧嘩した直後だから向こうが折れるような形だけど、これを納得して理解するのには彼の希望を何ひとつ組み込まないということだから、不満が増えるだけじゃないのか。まあ、後は彼が決めることだ。と言っても、どうしたって彼はアメリカ人だから、具合が悪いと言って会社を早退したらしく、なんと単純で打たれ弱い人種・・・。

なんか、難しい。みんなどのタイミングでどうやって結婚を決めたり子供を産んだりしているんだろう???子供ができるとみんな誰もが不安で、それでもおなかにいる赤ちゃんと一緒に成長しながら、親になる準備をしていく、とは聞くけれど。よくわからん。

今回は卒業前のインターンシップに向けてのcareer developmentのクラスを取っていて、今更ながら、自分探しなんかをしている。このクラスでは初歩的な自分探しから始まって、履歴書の書き方、面接の受け方諸々、アメリカ社会に対応できるようにサポートアップしてくれる。さすがアメリカ、自分探しは根っこの部分まで掘り下げるというか、何が好きで、どう生きていきたいのか、何をしている時がいちばんの幸せか、幸せとは?何がいちばん大切なのか?自己とは?アメリカとは?仕事とは?キャリアとは?を延々と追求する。私はこの授業を珍しく真面目に受けている。後半に待っている面接のビデオ録画を考えると既にどんよりしてしまうけれど、もっと今まで築き上げてきた自分に自信を持って色んなことに取り組んでいかなければ、と思う。もっとアメリカにjoinしていこう、という気持ちが出てきたのである。自分で卑下するほど、そこまでもう英語も酷くないだろうし、やっぱりもっとどんどん喋って、アメリカに食らえ着いていって、自信を着けていかないと。そうやってどんどん私自身が変わっていかないと、anthonyの言うように、重要な決断がいつまで経ってもできないのではないだろうか。まあ言い換えれば、このクラスはセラピーの一貫のようなものだ。教授のひとりひとりに対する情熱も凄く伝わってくるし、正に今の私に必要な内容。私はこのクラスで遅咲きながら、「自分探しinアメリカ」を体感しているのである。
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by inBrooklyn | 2007-09-27 14:21 | life

This is what you call, "fight."

大喧嘩。あれも決めろ、これも決めろと、NYに戻ってきてから物凄いプレッシャーの日々で、ちょっともう限界。私はNYに来てから、自分にとって何がいちばん良い道なのか、ずーっと考えてる。考えてますよ、私。ま、考えるだけじゃなくて行動しろ、判断しろ、決断しろってことなんだろうけど。彼は私と出会った時既に結婚に向かっていたけど、私は違ったからさー、今でもピンとこないし。だから何となく最近、私は彼の求めていること何ひとつ答えられないなーと感じるようになってきていた。とにかく私は今、NYで落ち着いて生活の基盤を作っていきたいだけ。ベビと家族を持つことが本当にしたいのだったら、そういうことにreadyな人を探した方がいいのでは?と思う。私はアメリカ人じゃないし、簡単にすんなり決められないし。っていうか、本当、やっと地に足がつき始めたとこなんですけど・・・。こういう話をすることも、もういやだなー。キリが無い。両方折れないし。「お前らみたいに単純な生き方してねーんだよ!!!」と叫んでやった。あーすっきり。

途中からいきなり紳士になって謝っていたので喧嘩終了。これこそ喧嘩、fightと呼んでいい訳ね。この、暴れたり、叫んだりする奴ね。私はキッチンテーブルを思いっきり蹴りまくったし、もう全てがtoo muchでちくしょー!うるせーんだよ!!!とばかりに暴れてやった。すげー叫んでたし。向こうも。夜中の3時過ぎ。昨日夜からManhattanに繰り出したanthonyは、クラブでwill.i.amに会って、30分くらい2人でchill outしたって!!!最初はそんな話から始まって2人で「うわー。NYだねええ!!!」って大興奮してたのに。アメリカ人は興奮すると、ろくなことにならん。
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by inBrooklyn | 2007-09-27 02:35 | love

JPN or the U.S.?

時差ボケと1週間近く戦い、これが今回はかなりきつかった。なんといっても学校が始まってしまったので、宿題の山を片付ける時間に猛烈な睡魔が襲ってくるのである。対抗しきれず20時・21時過ぎに「チン」と落ちる。叩かれようが引っ張られようが効きやしない。夜中1時・2時にいったん目覚めるのだが、そこからまた落ちて、無意味に早朝6時起床してしまい、この繰り返し。頭のどこかに常に宿題が・・・とあって、眠りも半端だったので更に悪化。キツイ1週間だった。

Milaが旦那のJoseと一緒に無事にスペインからNYへ戻ってきた。今回私は友人と一緒にNY入りしたのだが、彼女の学生ビザの経歴が移民局ミスによりトラブル続きで、やっぱり入国の際に別室に連れて行かれて前の学校はどうしたのか諸々等聞かれていた。パスポートも学生ビザもリニューアル済みで、大使館でもそのミス記録を修正しておくと言われたのに。Joseは今回パスポートをリニューアルしたとは言え、5月にNYを出たときには6年にも及んで不法滞在の身だった。しかし今回は何事も無くスルーで入国。6年前には指紋採取も無く、テロ前で入国がもっとeasyだったからだとか、観光で入ってきてビザ等何も履歴を残すものが無かったからだとか、色々可能性はあるけれど、とにかくよく無事に戻ってきた笑。スペインに戻っている間、このままスペインで暮らしていく等色々考えたらしいのだが、やっぱりもう少しだけお金を稼がなければならないという結論に達したそう。Milaはアメリカ嫌いなのでとても不満そうだったけれど、私は嬉しい。親友が1人でも多くいる、というのは本当に心強い。プラス友人のcome backもあり、私のNYは少しだけ心地良いものに変わった。

今回私は母親に「もう日本に帰ってくる気はないのだろう」と諭され、anthonyとの結婚にまで話が及んで、正直気後れしてしまった。実家のトランクルームにある大量の衣装ケースも処理してほしいとのことで、私は今回船便でもダンボールを送ったし、スーツケースとは別でも大きなダンボールを持って帰ってきた。中身は独り暮らしグッズや、写真やアルバム、おもちゃなど、どうでもいいといえばどうでもいいものばかりだったのだが、「捨てるか持って行くかどっちかにして」と言われ、仕方無しにアメリカに送ったような感じだ。やっと子離れができた、というよりはむしろ両親は老後に向かっている、と言ったほうがいいのかもしれない。自分達に何かが起こったとしても、そのことで私が本帰国する必要は無い、少しでもおかしくなってきたら2人とも老人ホームに入る、年に1回とかたまには顔を見せに来て欲しいけれど、介護をする必要は一切無い、と言っていた。

さて、私はたった2年アメリカに暮らしたというだけで、一生この地で暮らしていくのか、そうなるかもしれないという想いはあっても、腹決めてアメリカで一生やっていきます、という意気込みがあるわけでもなく、未だ中途半端なのである。それは学生だからということももちろん、その前に私はアメリカにとって学生ビザで入国している一時滞在の身。SSC(Social Security Number)も無いし、それが無いことにはアメリカで「イチ・人」として生きていくことはとても難しい。逆に言えば、ありがたいことに私にはまだ選択の余地があって、だからこそこんなフラフラした気持ちでいられるのだが。とにかく今は大学に通って、自分がアメリカ社会にどう馴染んでいけるのかを検証していきたし、プラス卒業する時にはアメリカではもちろん、日本でも職につける状態に自分を持っていきたい。・・・とまあ、今はこんな感じでしか自分のことはわからない(だって大学も春に入学したばっかりだし(- -))。Let's see what's gonna happen・・・.
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by inBrooklyn | 2007-09-19 01:13 | talk to myself

Fall I 2007

NY到着翌日からFallが開始。Scheduleの組み方・classの取り方もコツを覚え、あとは教授がどうかという問題だけで、それは当日に行ってみないとわからない。それでもAccountingだけはSpringにいくつか授業を取って、どの教授が何を教えているのか大体把握できていたので、好きな教授のscheduleにうまく合わせることができた。初日の授業はどのclassも新しいクラスメイト・教授で、なんともぎこちなく緊張した空気が流れている。長い授業時間、「好きな時に飲み物買いに行ってもいいよ」という教授もいれば、トイレに行くことすら許さない教授もいるし、まあまあ、2,3回授業を受ければ、教授の人となり・授業の進み方、諸々大体の感じが掴める。日本人はどのクラスにもまたいなかったような気がする。毎日学校のどこかしらで日本語を聞くのに。まあ同じクラスにいたところで、話すわけでもないのだけれど笑。この人見知りももうすこしどうにかしないと。それから苦手な英語のクラスはpoetryから始まって、既に行きたくない。私はどうも詩が読めん。「poetry嫌いなんだよ~筆者の言いたいことなんてわからん」と嘆いていたら、poetry活動をしていたanthonyは「それは俺自身を嫌いだって言うことじゃないか!」と言って怒っていたけれど(←違うでしょ~笑)。とにかく初心に戻ってまた楽しみながら頑張りたい。

それにしても時差ボケが酷い。夜の20時になると限界が来て、物凄い睡魔に襲われて倒れこむ毎日。授業も今回は午後~夜のscheduleで取っているので、ギリギリ。そしてNYは、もうすっかり秋だ。
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by inBrooklyn | 2007-09-12 21:55 | LaG.C.C

NY-JPN-NY

なんだかNYを1ヶ月くらい離れていた気分だった。1日1日がとても長いような、それでいて友人と会ってお喋りをしているとあっという間に5~6時間が過ぎて時間が足りないと思う日々。とにかくそれぞれみんなにほんと―――――に良くして貰って、ありがたいのと嬉しいのとで。美味しいご飯、楽しい会話、変わらない距離、本当にどうもありがとう。帰国は、私の栄養補給だ。今回は2年ぶりの友人も多かったのだが、とにかく誰からも会った瞬間に、「変わらないね~笑」と言われた。まあ、髪形か。老けたわけでも無いらしい。あとは、喋り方?「ルーみたくなってなくて、安心したわあ」とゲイ友。それは気をつけてそうしていたのだが、私はNYで日本人と話す時、ルー以上だ。というより、みんなルー。その方がしっくりくるというか。私は大阪出身の友人と話す時もなんちゃって大阪弁になるし。そう考えると私は色んな喋り方を持っている。その相手と、いちばんしっくりくる喋り方。

みんな、それぞれの生活が更に深いものになっていて、それはベビだったり仕事だったり結婚だったり。2年という重みがあった。そしてきっと私もそうなのだろう。1人だけ、「最近彼女と別れちゃってさ~」と言っていた同い年の友人がいて、彼との会話は20代前半のそれと何も変わらずに、バカ話をして笑っている私たちがいて、なんだかそれも嬉しかった。「みんなガキの話ばっかでさあ。はっきし言って俺、他人のガキなんて全然興味が無いんだよね」と。そんなことが言い合えるのも、独身同士ならでは。それでも彼のポジションは立派になっていて、「好きなの持っていきなよ!」と言ってタダで洋服をくれた。やっぱり「NYか~、いいな~」とみんな言うけれど、そうは言っても、それぞれ元気でイキイキ働いていたり、ベビが誕生して幸せいっぱいだったり、友人のそういう姿を見るのは嬉しかった。

まあ私も、ずっとNYにいるということは無いと思う。今のmy sweet homeがNYにあるっていうだけで。フレキシブルに生きていきたい。何が起こるかわからない、私は32年間、そんな風にして生きてきたと思う。

今回も私はラップトップを持参せずに帰国。連絡先というものが、恐ろしいほどわかりませんでした。そして電話だけで終了してしまった人も多々いて・・・。申し訳ない。相変わらずな私。まあ、またすぐに歯医者帰国します。それから、本当にお世話になりました。みんな、いつも暖かく迎えてくれて・・・。幸せどす。ありがとう。
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by inBrooklyn | 2007-09-11 23:45 | life