Japanese culture

うざいクラスメートが多いAccountingのクラスで、私は韓国人の女の子2人と何となく隣同士になっていて、グループワークなんかもその2人はマナーをわきまえているので気持ちよく一緒にやっていたら、その内の1人はなんと日本で生まれて10歳まで目黒に住んでいたと言っていた。そういうのも関係するのか?私は彼女のマナーがとても好きなのである。ちゃんと距離を置くというか、日本人の対人マナーってやっぱり素晴らしいと思う。同じアジア人でももちろん基本的にはやっぱりそれぞれ違う。私が行きつけのネイルサロンは韓国人経営で、そこではとにかく他のメニューをガンガン勧めてくる。今日も「waxingって幾ら?」と聞いただけの女の子の腕の毛をいきなり「イグジャンポー」(example:試しにやっとくわ)と言って勝手にビリっとやっていた笑。「何するの?痛いよ」と言っているのにもう「イグジャンポー」の連発でオシ通す。さすがである(ちなみに韓国人はザ・ジ・ズ・ゼ・ゾの発音が上手くできない。かずえ、という名前はかじゅえ、よってイグジャンポー)。私も以前同じ質問をした時に、勝手に洋服の中に手を突っ込まれて腋毛の確認をされた。こういうのは、日本人には絶対に有り得ない事だと思う。

先日紀伊国屋に行った時、レジ担当の子がアメリカ人だった。その子は流暢な日本語を話し、「タイヘンオマタセイタッシマシタ」「9ドル、オアヅカリシマース」「アリガトウゴザイマシター」と日本語どころか態度までがペコペコしていて、anthonyくんはビックリ。「日本で生まれ育ったのですか?」と思わず聞いてしまった私達。しかし彼は生粋のニューヨーカーであった。それならば何故あんな風に態度まで日本人っぽくなっているのであろうか?もちろん紀伊国屋で働くにあたって、日本人対応の研修たるものも受けていると思うが、あんな風にペコペコする必要はあるのだろうか?う~ん、謎・・・。私としては、そのお客様対応の日本語を話したとしても、なんというか、彼にはもっと堂々としていて欲しかったのである。日本人がそういう態度をとるのは普通だしそれにも慣れているけれど、それがアメリカ人になった途端、違和感を覚える私。だってなんかチープに見える。余計なお世話だけれど。

と、日本人のマナーを他人にも求めるくせに、アメリカ人の日本人ップリに違和感を覚えるという、何とも矛盾した話なのだが。うーん。なんて言っていいのかわからないけれど。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-11-13 11:23 | New York

Good bye my best friend!!!

彼女のことは常に肌身離さずどこへ行くのにも一緒、このNY lifeが始まったその瞬間からずーっと一緒だった私の大親友と、とうとうここでお別れだ。友人や学校の先生にまで、「親友といい加減バイバイしろ」と言われ続けてきたけれど、とにかく私には彼女が必要だった。彼女無しではこの生活も成り立たなかったであろう、電子辞書。映画を観ている最中にわからない単語を調べようと思って開くと、彼女の液晶画面の所々が真っ黒になっている!!!そういえば朝起きたときに何か踏んだ、でもCDだと思ってたけど・・・。だって。ガーン・・・。NYには紀伊国屋と旭日屋、そしてBOOK OFFまである。電子辞書ももちろん扱っていたけれど、しょぼいのしかなかったので、来週一時帰国する友人に買ってきてもらうよう、お願いした。あまりにもお世話になっていた電子辞書なので、使い物にならなくなっているのに何となくゴミ箱に捨てれずにいる。

基本的に、学校で電子辞書たるものを使っている人種というのは日本人と韓国人(たまに中国人もいる)だけだ。語学学校でも大学でも「何それ?」「うおー辞書だ、さすがジャパン!」と何度驚かれたことか。辞書を引くのがいい、という意見もあるが、その辞書がまるごと入っているのだから電子辞書の何が悪い?なんと便利な世の中になったことか。薄いページをチマチマめくる作業が減るだけでもどれだけ時間の節約になっていることか。私は、「英語を日本語に訳す」という作業が英語がいちばん頭に入る覚え方だと自負しているので、何度先生に辞書を引くなと言われても頑なに辞書を引き続けていた。特に語学学校時代は先生に辞書を奪い取られるほどで、英語は英語で覚えろというのが彼の教えだったのだが、おばちゃんの脳はもう老朽化が始まっていて、英語で覚えることはできてもその単語自体が「ふわ~ん」としてしまって、「しっくり」こないのである。例えばratioという単語。英語だと"a relationship between two amounts, represented by a pair of numbers showing how much bigger one amount is than the other"という説明だが、日本語にすれば「比率」。おばちゃんの脳ではこの英語の文章が日本語の「比率」という単語の意味に繋がるまでに、かなりの時間がかかってしまうのである。そして何よりも分厚い辞書を持ち歩く必要が無い。しかも和英・英和だけではなく、英英・広辞苑・7カ国語会話・健康・医学・マナーなどなど、何機能もあの薄っぺらい中につまっているのである。

ネットで電子辞書を調べたら、彼らは更なる進化を遂げていた。カラー画面なんてのもある。とにかく彼女は良く頑張ってくれた。本当に本当にお世話になりました。ありがとう。壊してしまって本当に申し訳ない、本当に残念だけれど、ここでお別れです。

anthonyくんは昨日紀伊国屋の帰りに「辞書壊しちゃったから」と言ってブーツを買ってくれたのに、今日もまたサプライズでマフラーを買ってくれていた。わーい。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-11-12 12:33 | life

Winter has come!

日曜日に例年より1週間遅れでのSummer timeが終了し、時間を1時間巻き戻し。たった1時間、時間を変えただけでも、朝は少し得した気になるし、夜は日暮れが物凄く早くなって18時には外はほぼ真っ暗になっている。それに加え、先週から一気に気温が10℃を下回るようになって、いよいよNYにも恒例の冬がやってきたようだ。相変わらず寒くなるととことん寒くなるNY。Fall Semesterが始まってから、1週間が飛ぶように過ぎて、気付くと週末=バイトで、土曜日にやっと休みだ、と一息ついても翌日日曜日もまたバイト。2連休だけでもいいからもう少しだけゆっくりしたい、なんて思ってみてもまた月曜日から学校が始まって・・・の繰り返し。

先月末にはHalloweenもあったけれど、今年は仮装無し。と言っても過去2年間はバイト先で仮装させてもらって充分楽しんでいるので特にやりたいことも無く、それこそanthonyの職場の目の前からHalloween paradeがスタートしていたけれど、paradeの混雑を避けて就業時間も繰り上げ。何事も無かったように過ぎた。3年目にもなると、こんなものかもしれない。今月はThanks givingもあるが、アンチ・アメリカイベントなanthonyくんはTurkeyを食べることにも興味無し。ついでに言えば、Christmasは彼にとって、見事にアメリカ人=家族のイベント。ロマンティックになるどころか大量のギフトを家族や親戚に買わなければいけないので、一体幾らかかるのだろうとそっちのほうが気になるようだ。私はやっぱりクリスマスのギラギラ・グリッターな街の感じが、大好きだけれど。そういえば去年はどこの店もクリスマス・ディスプレイがその前の年と同じものでがっかりしたけれど、今年はどうなのだろう?いつになるのかわからないけれど、もう少し広いアパートに引越したら、もっとアメリカの行事を家のオーナメントで楽しみたい。バレンタイン、イースター、ハロウィン、そしてクリスマスはやっぱり家の中もキラキラさせていたい。お正月には思いっきり和にしてお雑煮を食べるコタツもほしかったりして・・・。と、想像だけは大きく広がる中、とにかく毎日せっせと学校へ通い、週末はバイトに明け暮れる私。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-11-08 13:38 | life

You are a very good student.

Midtermも無事に終了し、全て"A"で終了。今日、ある会計学の授業が終わると教授に「ちょっと話したいのだけれど」と呼び止められた。私は最終学歴は何かを尋ねられ、「一応4大出ています」と言うと、教授はなぜこのcollegeにいるのか、君は時間を無駄にしているのではないか、というようなこと聞いてきた。まあ4大卒なんて言っても私のそれは金の無駄遣いに過ぎず、勉強したことどころか、どんな授業を受けていたのかすらも覚えていない。私が今、仮にsmartに見えるのならば、それらの教養は全て社会に出てから学んだことだと思う。「まあ10年も前のことなので」と言うと、教授は驚いており、どうやら私を24,5の、日本で大学を卒業したばかりでアメリカに留学に来ている生徒だと思っていたようだ。まあ、この年齢になって、アメリカでの教養を増やしたいのと、英語を学びたいのだということで双方納得?して話は終わったのだが、最後に"Because I think you are too smart for this college and you are a very good student."と言ってくれたその言葉になんだか感激してしまった。教授はわざわざ教室を出た私を追いかけてきてくれたのだ。しかも私はspringに取っていたその教授の授業がとても好きで、今回も時間を合わせて彼の授業が取れるようにスケジュール組みをしていたのだった。

私は最近、同じような質問を他の教授からもされたばかりであった。しかし正直、too smartと言われても「そうかな~?」という感じなのだ。私は要領は良いと思うが、この世の中にsmartなんて人は山程いて、私自身決してその部類に入るとは思わない。まあほんの少しは父親のDNAがあるとは思うけれど。なのでやっぱりこのcollegeのレベルが低いのであろう。それでも私は時間を無駄にしているとは思わない。発見と勉強の日々が楽しくて仕方が無い。成績が良い会計学にしても、アメリカ人の倍、教科書を読んで、その上で日本語に訳さなければ理解はできないので時間がかかる。しかも英語の授業においては、ついていけずに先延ばしにしているのだ。そんな日々の中、こんな風に教授に声をかけられることがあろうとは。素直にとても嬉しかったのである。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-31 12:48 | LaG.C.C

Fall from JPN - Inkou

f0080357_20475458.jpg日本から秋の香りが届いた。印香という秋のプリントが施された小さな可愛らしいお香のセット。開けると何とも懐かしい香りが部屋中に。メールが主流となっている今の時代、郵便物で届く手紙や小包は本当に嬉しく、差出人は誰だろう?と封筒の裏を見る時や、封を開ける時など、あの独特のドキドキした感じはいつまで経っても変わらない。こんな素敵なギフトはやっぱり彼女からだった。いつもいつも、どうもありがとうございます!

同封されていた手紙を読んで、反省。そうですね、次回はさっちゃんたちに会わなきゃ!何か、いかん。せっかく日本に帰ったと言うのに、「忙しい」ばかりを連発して、「早く向こうに戻りたい」なんて言って。こういうの、待ってくれている人たちに対して、とても失礼だった。ニューヨーカーを気取りで、いかん。もうこっちへ来て2年以上経って、今では友人とやりとりするメールの数も本当に減ったけれど、前回の帰国で、やっぱメールとかじゃなくて、会わなきゃいかんな、と。メールなんてしていなくても、会えばいいのだと。やっぱり今では学生の頃のように、毎日友人と一緒に過ごすということは無くて、みんな個々でそれぞれの生活があって、それは仕事・家庭・ベイビーと様々だけれど、その忙しい中で彼らが私と会う時間を作ってくれている。そういうこと、忘れちゃいかん。自分だけが時間を作ってあげている、という傲慢な考えがあったと思う。また1つ、反省。

ともたん、こんな素敵な秋のプレゼント、本当にどうもありがとう!それでそれで、写真を見ればわかると思いましが、1番のお気に入りうさちゃんが割れていたのれし・・・。しょぼーん。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-30 21:28 | soulmates

Hey, you haven't changed at all.

今でこそ、沢山の友人が結婚したりママになったり、そういうのばかりだけれど、私にとって初めてのベイビーはやっぱり彼女であって、その時の感動は今でもずっと残っている。友人の子供なのにこんなに可愛いと思えるものなのか?というくらい愛おしいし、girls達とは遠く離れていても、これからもずっと仲良くしていきたい。今でこそ立派な3児の母になろうとしている彼女だが、私は何故か、彼女から「母親」的なものをあまり感じない。大学時代の彼女はとにかく可愛くて、スタイル抜群で、性格もあっさりとしていた。そしてもちろん彼氏の前ではとことん女になって可愛くなれる、そんなメスネコのような彼女からは沢山の人生哲学を学んだ。「女友達とは、彼氏がいない時に成り立つもの」「彼氏と別れた時の女友達」というのは、私の大好きな彼女の哲学。そんなことをあっさりと言えてしまう彼女。しかし紛れも無い事実。上辺だけになりがちな「女友達」というカテゴリーをこんな風にばっさり言い切ってしまうところに、むしろ彼女の愛を感じていたのである。だって、なんとらくちんな女友達!!!そして母親になってからも、その「らくちん」な部分が全く変わっていない。どれだけ久し振りであっても、適当~な感じで迎えてくれて、私も適当~にしていられるのである。そこに愛するベビが、旦那が、誰がいようとも。

彼女のアメリカ生活が7年目ということは、遠距離になってからも7年目。まずは変わらぬ友情に感謝である。そして彼女はアメリカに関しても結婚・ママに関しても、頼もしい私のアドバイザー。私は彼女の存在によって、結婚や出産に何の不安も無い。仮に私にシングルマザーになる日があったとしても、L.A.に飛べばいいとまで思っている。私の未来のベビも彼女の4人目の本当の子供のようにして扱ってくれることだろうと信じきっている。

きっと変わらないと思うのは、彼女が昔から私の「ママ」であったこと(彼女のベビたちに向けられる愛は、若かりし頃、私達に向けられていた物と同じなのである、つまり彼女には既に私というでかい子供が!)、そして私はお酒を飲まないので、私たちの間にはお酒を飲んでどうこう、ということが無かったこと(彼女は酒豪でどうしようもない酔っ払いだった、でも私はそんな彼女を知らないから問題無し)。じゃああの頃は何をしていたかって、そう考えると実は、特に何もしていない。まずは趣味も違ったし、一緒にいて喋らない時もあったし、girl's talkに夢中になっていた時もあったし、でも基本、適当~に過ごしていたのである。そう、「適当」。突然夜中に思い立って「温泉に行きたい」と彼女に電話しても、「じゃあ適当に迎えに来て~」と、朝の5時だろうがなんだろうが気にしない。でも、適当でいられる、って本当に心地良い。そこには深い愛情があるから。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-23 14:23 | soulmates

Big Progress

私はどうやらまたもやAccountingの授業でかなり優秀な生徒のようだ。しかし今回は周りの生徒のずる賢さというか、そういうものがかなりうざくて、授業に行く度にイライラさせられることが多い。と言うのも、授業では必ず練習問題をgroup workでやるのだが、私は問題を自分で解きたいし、自分の解答が出来上がったら、周りの生徒と相談する前にさっさと教授に見せて、どこが合っているのか間違っているのかを知りたい。特にアメリカでは間違った答えを持った人も堂々とそれが合っていることを主張してくるので、彼らとgroup workをすることは私にとって無駄以外の何物でもない。そんなふうにして、解答したら1人ですぐに教授のところに持っていき、その結果はかなりの確率で合っているし、他の生徒に比べると早いようで。1ヶ月も一緒に授業を受けていれば、周りの生徒にも「あいつはできる」と気付かれるようになってきた。

ある中国人の女の子は、必ず私の隣の席を確保するようになったり、離れていてもgroup workになると「一緒にやろう」と言ってくるようになった。と、そこまでは別にどうでもよかったのだが、先週莫大な量の宿題の提出日に「宿題を見せてくれ」と言われたので、答え合わせでもするのだろうと思ってノートを渡すと、なんと彼女はそれを端から全部写している。しかも次のページが無いだの、残りのページを見せろ何だの言っている。私は「自分でやんなさいよ、あんた、まる写ししてんじゃん」と言って残りのノートを渡さずにいたらなんと私の教科書の下にあったそのノートを笑いながら物凄い力で引っ張っているではないか。恐るべし中国人・・・。いや、こういう風に「中国人」と限定するのはいけないことなのだが、それでもやっぱり中国人ならではと言うか、図々しいと言うか、物凄い力で人のノートを引っ張る辺りももう・・・。恐ろしい。何者?次にはアメリカ人の男の子が「ここの解答がどうしてこうなったのか教えて欲しい」と。最近では授業中にトイレなんかに行こうもんなら戻ってきた時に私のノートははるかかなたにあったりする。

それでも私はこういうアメリカに慣れてきて、最近では「私あんたの家庭教師じゃないんだから、自分で考えるかlabに行って」だの、「ってか教授に聞けば」だの、「あんたにはノート見せたくないから他あたって」だの、堂々と立派に言えるようになった。しかもちゃんと人を見て言葉を選ぶ。あ、この人はちゃんと自分でも考えてやってみて、それで私に聞いているんだな、とか、そんなのも大体わかる。大人だ。言った後は爽快だ。この爽快感もアメリカならでは。そう、いつの間にか私は対アメリカ人と堂々と話ができるようになってきた。前まではやっぱり「私の言ってること、わかんないだろうな~」と、どこかで自分を卑下していたのだが、最近は普通に思ったことをそのまんま言っている自分がいる。これは大きな進歩だ。負けない自分。素晴らしいではないか、コノヤロー。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-22 13:28 | LaG.C.C

About him

f0080357_1241977.jpg最近ぼんやりとだけど、これからずーっとこの人と一緒にやっていくんだろうなーという気が。まだまだきっとわからないことや理解し合っていかなければならないことは沢山あるのだろうけれど、anthonyが一生懸命なのがとても伝わってきて、私はこんなんじゃいかんな、と思う日々の多いこと。ありがたい。私たちは共通点も多い。買い物好き、洋服好き、音楽好き、ダンス好き、嗜好が似ているのか。あとは・・・何だろう?NYでstruggleしているっていうことも、同じなのかも。anthonyは職場でのストレスが物凄いと思う。同僚の、経験も学歴も少ない若い白人女性が、彼より良いポジションで職に就いたり、そんなところでも黒人男性への差別は未だに多く残っている。今の職場でも結局誰もが彼に頼るような状態になっているにもかかわらず、ポジションや給料の変更は無いのだそう。毎日毎日沢山のストレスと闘っているのだろう。お疲れ様。いつの日か、彼の努力が報われる日が来るといい。彼の知人はハーバード大学院を出たにも関わらず、もう1年もの間、就職先が決まらないのだそう。先日もNYでの新生児死亡率が黒人が白人の2倍というニュースを観た。黒人女性の心理的ストレスがとても大きな要素となっているとのこと。私は、日本人であるということで自分を卑下したり、差別を受けていると感じたことは、まだない。幼い頃からこういうストレスを抱えて生きるというのは、どんな気持ちなのだろうか。家にいる時は、少しでもリラックスできていると、いい。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-17 12:43 | love

We love hasan.

f0080357_1311427.jpg2回目の挑戦、ということでhasan上陸。前回はいろいろあって引越しできなかったので、今回は2度目の挑戦。そうは言っても週末だけのNY滞在で気に入ったアパートを見つけることは不可能に近く、結局私たちがアパート探しをしている時に知り合ったreggieというブローカーにanthonyが話をつけ、hasanはそのreggieが紹介してくれたアパートがとても気に入り、apply中。今回は上手くいくといい。こういう時はやっぱりブラザー魂なのか?黒人は黒人同士、話がすんなりいくことがとても多い気がする。私はhasanをmalikのように想っている。anthonyが大好きな弟。hasanが大好きな兄。私はこの2人の関係がとても好きだ。くだらない女の子の話から何を買っただ買わないだ、時には夢物語まで、いつも夢中になって話す仲良しブラザーズ。malikじゃないけれど、anthonyのいうことは絶対のようなところもあって、時々hasanに対して行き過ぎてしまうこともあるけれど、私が助言するときちんと聞き入れる。「さっきはイライラしてしちゃってたわ、ごめん」とか、「どこ行ってた?心配したぞ」とちゃんと謝ることもできる、私はanthonyのそういうところがとても好きだ。そしていつだってpeacefulなhasanのことも。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-16 13:15 | New York

My sweet 55DSL brothers!

f0080357_1523359.jpg1999年8月にオープンした当時世界で初めての55DSLオンリーショップ、FIFTYFIVE SLIDWEARが先月末にとうとうクローズ。8年も頑張ったのか、あの店は。理由は色々あるらしいけれど、まとめて老朽化、ということで。それもそうだ。原宿・神宮前の一等地で破格値の家賃で、それでも私がいた当初からトラックが店の前を通るだけで建物が震度4くらいゆれていた。地震が相次ぐたびに3階で休憩しているスタッフが悲鳴を上げていたっけ。私はDIESELでアルバイトを始めて1年半くらいでこのお店への異動が決まった。当時の55DSLと言えば、メンズのTシャツやパーカーが10種類くらい、レディースに至ってはチビTが2,3種類といった感じだった。サーファーの店長と副店長、でも夜のクラブのイメージも欲しい?とかで当時ダンサーだった私が選ばれて、しがない千駄ヶ谷のひっそりとしたお店へ異動してオンリーショップをオープンさせたものの、月の売り上げは100万いくかいかないかで、毎日雑誌を読みながら、レジカウンターの中で座って堂々とタバコを吸っていたことが本当に懐かしい。結局こんな暇な店で働いてらんねー!と2人は異動2ヶ月で辞め、専務の「おまえ、この店しきってくか?」というたった一言で、いきなり社員にもなっていなかった私が店長になったのである。

それからの日々は、仕事の楽しさ、店の楽しさ、販売の楽しさ、店長の楽しさ、成長するということ、売り上げを上げるということ、自分の思い描くお店を作れるということ、そういう色々な路面店の醍醐味というものを、1人になった私の元にやってきたともまん、そして色んなスタッフと共に存分に味わった。それからあの店にいたからこそ、知り合えた人・仲良くなれた人が沢山いる。2002年には裏原に55DSL TOKYOをオープンさせるまでに達したのだが、そんなことより私はあの小さな暖かい店が、本当に大好きだった。当時の戦友たちは、今ではsoulmateだ。ともまん、やんくん、jommyは今でも私の愛する55DSLで働き続けている。みんなもう立派な古株だ。jommyがお別れの写真を送ってきてくれた。ともまんと一緒にお別れを言いに行ったらしい。この写真からもみんながどれだけこのお店が好きだったかが伝わってくる。そしてあの場所からみんな巣立っていったんだと思うと、私もやっぱりこれからももっともっと頑張っていかなければ!と思う。あの場所は、今の私がある原点だ。沢山の新しいことに触れ合っていく中で、本当に色んなことを忘れていってしまうけれど、あの4人で働いていたことはいつまで経っても本当にいい思い出で、きっとこの先も忘れることは無いだろう。と言えるくらい、充実していた時間だったのである。あの原宿から千駄ヶ谷へ抜ける道を毎日のように歩いていたことが、今でもまるで昨日のことのように思える。

ともまん、やんくん、jommy、そして和田ちゃん。これからもよろしく。ホント、FOREVER SLIDEWEAR!だね、jommy。ありがとう。
[PR]
# by inBrooklyn | 2007-10-07 15:01 | soulmates